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  • 2000.01.07
  • 式神~第一章~①

    「好きです、付き合ってください」 
     放課後、昇降口にある自分の下駄箱を開け、その中にあった淡い色の封筒を見たときからこんなセリフを聞かされることを凛は理解していた。
     今時ラブレターなんて珍しいな、と感心しながら、封筒の中に入っていた手紙の指示通り四時きっかりに彼女が指定場所である裏庭の木材置き場に来たときには、すでに手紙の書き手がそこで緊張しながら待っていた。
     相手は同学年の沢村君。下の名前までは覚えていない。凛とはクラスが違うのだから当然といえば当然だった。
    「こんにちは、どうしたの? こんなところに呼び出したりなんかして」
     凛がそうとぼけた様子で沢村君に声をかけながら近づき、一メートルの距離を置いて立ち止まると、沢村君は意を決して冒頭のようにストレートな告白を凛に投げかけた。
     容姿端麗、というわけではないがバスケ部でそこそこの活躍をみせる彼のファンは意外に多く、友人の一人であり、男性の批評に辛い文香も彼のことは高得点を与えていたと記憶している。
     しかし、凛の答えはいつも決まっていた。
    「ごめんなさい。私今誰かとお付き合いするつもりはないんです。気持ちは嬉しいんだけど……」
     凛にとって、こうして求愛を求めてきた男性を振るのは高校に入った三ヶ月の間に実に十四人目だった。
     その間にいろんな噂が飛び交い、凛に告白するような輩は最近少しだけ減ったはずだったのだが……。
     沢村君は自分の一世一代の告白があっという間に散ったことに茫然自失といった風で佇んでいた。しかし、はっと意識を取り戻すとなんとか凛の気持ちを自分に傾ようと口を開きかけた。    
     そのとき、
    「お話はそれだけかしら? 私ちょっと家庭の用事があるからこれで失礼するわね」
     相手が声を発する前にくるりと踵を返すと凛は木材置き場から去っていった。
     沢村君はその取り付くしまのない様子に再び呆然と凛を見送ることしかできず、前に出した手が空しく虚空を掻く。
     そんな彼の様子を背中に感じながら、凛の胸中は穏やかではなかった。
     先ほどからイライラする高笑いが頭の中に響いて頭が痛くなっている。
     いつもこうだ。
     この三ヶ月、異性から告白されること自体を煩わしく思ったことはないが、その直後に必ず湧き上がるこの笑い声のせいで告白されることがひどく億劫になっていた。
     それももうすぐ夏休みを向かえ、新学期になり、凛が誰とも付き合う意思がないと学校に浸透すれば告白騒ぎも治まるだろうとは思う。
     しかし、今こうして頭を叩くように響く笑い声には我慢がならなかった。
     凛はいつもの美しい微笑を崩さぬよう最大の注意を払いながら校門をくぐり一路、自宅への歩を早める。
     早くこの高笑いをやめさせないと。
     その焦りをさらに見下すような笑いが響くのを、凛は止めることができなかった。

     鞍馬家は昔、このあたりの豪族として栄えた時代があった。今でこそ実質的な権力からは遠ざかってしまったが未だにこの土地の有力者に対するある程度の影響力を残している。
     屋敷は和洋折衷というか、本館は見事なゴシック様式の洋館であるが裏にある離れとその周りの裏庭は純和風の庵となっている。
     鞍馬凛は自宅の無駄に大きな門の脇にある、通用門の鍵を開けると屋敷までの短いながらも立派な小道を半ば走るように屋敷へと進んだ。屋敷の扉の前まで来てやっと一息つくと屋敷の二階にある自室へと駆け込み、中で一気に制服を脱ぎ捨てると、いつもの私服に袖を通す。
     凛は着替えを終えるとすぐさま部屋を飛び出して離れの庵へと向かった。
     未だに笑い声は頭の中でがんがんと響き、むしろ庵に近づくにつれて強くなっていく。
     庵の入り口の引き戸を開け、一番奥の襖の前まで何枚もの襖を乱暴に開け放ちながら来ると両側に向かってスパンと小気味よい音を立ててふすまを開いた。
    「うるさい! その笑い声やめなさい!」
     部屋の中には一組の男女がいた。
     一人は幼いころから見知った顔。
     もう一人は見たくもない最近知り合ってしまった顔。
    「くくく……さすがは鞍馬の血を引き継ぐ女じゃ……男を誑かすのは得意と見える……」
    「おかえり、凛。今日もお邪魔してるよ」
     よく見知った顔は女の顔をしていた。
     凛のそれよりもさらに長い黒髪、反面、肌は病的なまでに白く、唇は血に濡れたように真っ赤だった。全身を覆う着物をけだるげに着崩したそのふしだらな様子は昔の花魁を彷彿とさせる。
    「うるさい! 人の精一杯の告白を笑うだなんて悪趣味もいいとこよ!」
    「まあまあ、姫に言っても仕方ないよ。それより、凛も紅茶飲むかい?」
     そういいながらその青年は姫が差し出したカップに熱い紅茶を注いだ。
     七月だというのにこの部屋は異様なまでに涼しい。この庵は年中こうなのだ。完全に外の世界のから切り離されている。
    「大体、あんたはなんでここにいるの? 言ったはずよ、この屋敷の敷地には入ってこないでって」
     凛は普段学校でかぶっている容姿端麗才色兼備な優等生の仮面を引き剥がし、敵意をむき出しで青年を見据えた。
    「何を言っておる、秀人は妾の客人じゃ。主(ぬし)にそれを拒む権利はない」
    「ここは鞍馬の敷地です。いくら姫が秀人にご執心でも今この家の当主は私です。敷地にいる人間を選ぶ権利は当主たる私にあります」
     凛の言葉はいつも以上に棘のあるものだった。
     せっかくの告白を笑われたこと、ここ数日の調査の結果が芳しくないこと、ここのところ、秀人が毎日のように姫に会いにくること……これらすべてが気に入らなかった。
    「ふん、小娘が……主(ぬし)の不愉快を妾に向けるでない」
     姫と呼ばれた美女は凛を見下すような視線を送りながら、畳の上におかれた古めかしい椅子の上で足を組み替えた。
     足を組み替えた瞬間、着物の隙間から見える艶かしい美脚に普通の男性なら目が釘付けになろうものだが、秀人と呼ばれた青年はまるで意に介さず、自分のカップに紅茶を注いで、胸焼けがするような量の砂糖とミルクを注いでから紅茶をすすった。
    「大体、殺人鬼の調査はどうなった? 昨日も何の成果も挙げられなかったようじゃが?」
     姫の言葉は凛の心を逆なでしたが、事実、進展していないために言い返すことができない。
    「……今は進展してないけど、すぐに何とかなるわよ。少なくとも一昨日の現場から魔術の痕跡が見つかったんだもの。その解析が進めば犯人はすぐ割れるわ」
     凛は腕を組むとせめてもの誤魔化しにふいと顔をそらした。
     ここ、C市では今不穏な空気が流れていた。
     先月六月の半ばから、深夜の猟奇殺人が横行しているのである。
     今は七月の九日。
     三週間ほどの間にすでに七人もの人間が殺されている。
     普通の殺人事件ならばとっくに犯人は捕まっているはずなのだ。この国の警察の情報網と捜査能力は決して他の先進国に引けをとらない。しかしその捜査網に犯人が引っかかるどころか浮かび上がりすらしないところにこの事件の異様さがあった。
     犯行はかなり派手なものでひどいときには小学校のグラウンド一面に血がぶちまけられていたこともあった。にもかかわらず、目撃者も証拠になるようなものもまったく見つかっていない。
     捜査は一向に進展せず、ただ被害者だけが定期的に増えていった。
     この状況に地元警察だけでなく警視庁から派遣された刑事たちもお手上げの中、鞍馬家は「上」からの命令で動くことになった。
     そうして凛が調査を始めて一週間、その間に七人目の被害者が出たのだが、凛は運よく、警察が踏み込む前にその現場で独自の調査を行うことができた。すでに加害者は姿を消しており、物的証拠も見当たらなかったが、魔術師である凛はそこに魔術による痕跡を発見することに成功した。
    「技術部からの報告さえ受ければすぐにでも犯人を押さえることができるわ」
    「それは僥倖。しかしその間に新たな被害者がでては元も子もないと思ってしまうのは妾(わらわ)が性急な性分ゆえかのう」
     凛は再びくりと体を強張らせた。
     新たな被害者が出る。
     凛はそんな状況を望んでいるわけでは決してない。
     早くこの状況を打開して平穏な生活が戻ってくることを望んでいる。少なくとも、魔術になんのかかわりのない一般人が魔術の手によって死ぬという状況だけは避けたかった。
     姫はそんな凛の心の機微を知っている。互いの心が一部リンクしているから、というわけだけではない。
     凛がまだ幼く何も知らない頃から一緒にいたのだ。長い年月の間、凛の成長を見続けてきた姫にとって今の凛の心象風景を理解することは雲をつかむよりはるかに容易なことだった。
     だが、それを知っていてなお姫は辛辣な言葉を凛に向けた。
    「でわ、妾(わらわ)達はその技術部の報告とやらをのんびりと紅茶を飲みながら待つとしようかの」
     凛はキッっと襲い掛かからんばかりの敵意をむき出しで姫をにらみつけた。組まれていた腕に食い込む指先はかすかに震えている。
    「……少し寝るわ、ごきげんよう」
     凛はそういって荒々しく離れから飛びだすと本宅のほうへ走るように去っていった。
     庵にはそんな嵐の後にもまるで堪えた風もなく優雅にカップに口をつける姫と凛が出て生き際に盛大にこぼした紅茶を拭く秀人の姿があった。
     凛がいなくなると離れはひどく静かで再び時間が止まった様な世界に戻ってしまう。
    「意地悪ですね。凛が一生懸命なのは知ってるくせに」
     静寂の中で響く非難ともからかいとも取れるような秀人の声に、姫はひどく妖艶な笑みを浮かべて応えた。
    「あれは爆発するその瞬間が最も美しい。全ては愛ゆえじゃ」
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  • 2000.01.07
  • 式神~第一章~②

    夜のC市は閑散としていた。
     もともと夜は大人しいほうの部類に入る地方都市なのだがそれでもここ数日は一人で夜、出歩くような無謀な人間はずいぶんと減っていた。
     当然といえば当然だ。今このC市は非常に危険な街と化している。
     通り魔殺人。
     普通ならニュースで見るその文字に「怖いなあ」と無感動な感想を抱くだけのC市の住人たちも今はそういうわけにはいかない。
     何せ今、自分たちが住んでいる街がニュースの舞台になっているのだ。
     まっとうな人たちは夜の八時も回ると子供はおろか大人ですら大人しく自宅で身を小さくしていた。まるで、いつ通り魔が襲い掛かってくるかわからないといった風に。
     街がそんな様子のせいもあって凛の調査は難航していた。
     普段なら人通りのある場所も今は誰もいない。そんな場所に一人でいれば目だってしまう。町中に配備された警官たちが常に目を光らせている状況をかいくぐって独自の調査を進めるのはなかなか至難の技である。
    「またか……面倒ね……」
     交差点では必ずその先に警官がいないか確認しながら街の中を歩き回るせいでここ最近はストレスがたまる一方だった。
     いろんなことがうまくいっていない――この事件の調査も、姫との関係も、そして秀人のことも――
     そうだ。
     ここ最近、いろんなことがうまくいっていないのはすべて秀人が現れてからだ。
     以前から姫と口喧嘩をすることはあってもこんなに腹立たしく思ったことはなかった。それがここ最近は小さなことでもいらだって仕方ない。こうなってしまったのも秀人というイレギュラーが自分の生活圏内に侵入してきたからなのだ。
     だから今こうして仕事がうまくいっていないのもあの男のせいなのだ。
     いっそのこと秀人をこの街から追い出すなりして自分の目の前から消してしまえばいつもの平穏な日々が戻ってくるのでは?
     秀人を追い出す方法を考えながら歩いている間に、 

                 ゾクリ

     体は敏感に周りの空気が一変したことを感じ取った。
     人間を含め、およそ動物には第六感と呼ばれるある種の危機察知能力が備わっている。
     魔術師の才能として、この危機察知能力は魔力と頭の回転と同等に扱われるほど重要な才能だった。
     魔術の行使には常に危険がついてくる。どんなに簡単な術を使うにしても最悪命を落としかねない可能性を常に孕んでいるのが魔術なのだ。そういう状況に身をおく魔術師は術の行使中、第六感がそれは危険だと判断すれば即座に術を中止するように教育を受ける。
     魔術師は魔術を習う前に、それを止めるすべを必ず習得しているものなのだ。
     術の引き際を身に着けていなければ一人前の魔術師とはいえない。
     凛はそういう意味でいえば優秀すぎるほどの魔術師だった。
     凛はこの世に生を受けたときから、こと危険に対する察知能力はずば抜けていた。小さいころ、鞍馬家の先代、すなわち凛の父や祖母から術を学んでいたころも引き際だけは見誤ったことはなかった。
     その凛の髪の毛の先までもが、この先に何か危険なものがあることを告げていた。
     それもかすり傷ではすまないレベルの。
     腹をくくる。
     ここから先には常識が通用しない。
     いかなる理不尽が降りかかろうとそれを振り払うだけの力がなければならない。
     そしてそれを持っているからこそ今自分は必要とされているのだ。
     凛は肩からかけた小さなポーチの中に入れておいた真っ黒の革の手袋を取り出した。ゆっくりと、手袋の革の中にあるもうひとつの神経に自分のそれをつなぐように手袋をはめる。
     左手がすっぽりと手袋の中に収まると脊髄にピシリと一条の電流が走った。
     右手に手袋がはめられると肉のこげるにおいが鼻腔をくすぐった。
     その両方がそろったとき、頭の中に冷たい何かが湧き上がる。
     いつものことだ。
     魔術とは儀式である。
     それは日常との決別。
     凛はこのときから社会におけるあらゆる肩書きを失う。
     姓、年齢、性別、身分―――――――――――――――――
     それらすべてを剥ぎ取った下にある名だけを冠する。
     魔術師、鞍馬凛。
     ただ一介の魔術師へとその身も心も塗り替え、凛は今この街で一番危険であろう場所に足を踏み入れた。 

     そこは街の中でも住宅街で大きな団地がいくつも乱立している場所だった。団地の影が降りたその路地では街灯から発せられる人口の光も闇に食いつぶされるように弱弱しく明滅するばかりだった。
     凛は一歩ずつ、慎重に、しかしあくまで自然を装ってその暗い路地を歩いた。
     夏の湿気とは違うまとわりつく何かを感じながら歩を進めると、雰囲気ではない明らかな血の臭いを感じた。そこからは犬さながらに直感と臭いを頼りに入り組んだ路地を右へ左へ折れていく。
     そして電柱のそばをとおりすぎようとしたとき、凛の首筋に何かが落ちてきた。
     その生ぬるい感触に体が凍りつく。
     手を伸ばしてうなじをぬぐうと、手袋が鮮血で濡れていた。
     その瞬間。
     とっさに凛は路地の壁に激突するようにその場を飛びのいた。
     ついさっきまで凛がいた場所には電柱から降ってきたであろう何かが鋭利なはさみとともにうずくまっていた。
     それは凛も小さな頃持っていた覚えがあるような人形だった。ブロンドの人口の髪は本物の血のりでべったりとその体に張り付き、フリルがふんだんに使われた普通ならふわりという表現が似合う小さなドレスは血を吸ってその重みでだらしなく垂れ下がっている。
     その異常な姿に凛は思わず「ひっ」と小さな悲鳴をあげてしまった。
     覚悟を決めて乗り込んできた凛でこれなのだ。何にも知らずにここに通りがかった一般人がいたら絶叫を上げていたはずである。
     その血塗られた人形を見つめる間に、背後でどさりと何かが落ちてきた音が聞こえた。
     振り返ると衣装や髪形の違う別の人形がその手に人形の身の丈もあるアイスピックを槍のように構えて凛に向かって突進してきた。
     これも辛くもよけると凛は路地を疾走し始めた。
     この先には団地に備え付けの小さな公園があったはずなのだ。
     こんな狭い、周りを身の丈を超える塀や電柱に囲まれ、空から降ってくる相手に無防備な頭上をさらしたまま戦うのは自殺行為だという判断から公園を戦場に選んだ。
     ちらりと走りながら後ろを見ると、最初に見た二体だけではなくさらにその数を増やした人形たちが凛を追って疾走してくる。どの人形も手に鋭利な刃物や、釘、金槌のような鈍器を持って全身を血にぬらしたまま走ってくる。
     ここまでくるとホラー映画である。
     血まみれの人間に刃物を持って追われるのは十二分に恐怖の光景だが、それよりもはるかに小さい無表情の人形に追いかけられるなどだれも体験したとは思わないだろう。
     路地を左に折れると公園への入り口が見えてきた。
     あと少し――――――!
     そう思ったとき、塀から凛の進路をふさぐように新たな人形が降り立った。
    「なっ――――――」
     その人形は肩に包丁を背負い、その重みでふらふらと揺れていた。
     おそらく周りの塀や、電柱、電線などを使って先回りしてきたのだろう。
     相手もなかなか味な真似してくれる。
     後ろからはまだ別の人形が追いすがってくる。
     迷っている暇はなかった。
     どの道、公園に逃げ込まなければ勝負にならないのだから。
     凛はスピードを緩めるどころかさらに加速して目の前の包丁人形に迫る。
     人形のほうも、凛が止まる意思がないことを察したかのように包丁を肩から下ろし凛のふくらはぎを薙ぎきろうと水平に構える。
     どんどん距離が詰まる。
     人形のほうも勢いをつけるため包丁を引きずりながら凛に向かって走り出した。
     そして射程内に凛を捕らえたとき、
     ブゥン――――――
     全身で体当たりするように凛に向かって突っ込みながら水平に包丁を薙いだ。
     タイミングを合わせて、凛は飛び上がることで包丁を回避する。
     そのまま人形の頭上を越えていくのではなく、勢いと包丁の重みでたたらを踏んでいる包丁人形を全体重をかけて踏みつけた。
     ぐしゃりとした感触とともに乾いた音を響かせて盛大に人形が砕け散り、頭部や脚部のパーツが路上に吹っ飛ぶ。
     そのまま公園まで駆け抜けようとしたとき、さらに横の塀から別の人形が飛び降りてきた。手には大きな金槌を持って凛の脳天にその黒い鈍器を振り下ろそうとしている。
     咄嗟に凛は右手を突き出し小さく言葉を発する。
    「燃えろ――――――!」
     黒い手袋が一瞬赤く染まりあがると、そこから炎の腕が伸び、人形を捉えた。
     そのまま、まるで熱さを感じるように人形はのた打ち回りながら地面に転がる。
     今度こそ凛と公園の間に邪魔者はいなくなった。
     一気に路地を駆け抜け、小さな公園へと飛び込む。公園の中央まで来るとすぐさま振り返り、迎撃に備える。
     何体いるのか、自分だけで勝てるか、姫を呼んだほうが賢明なのでは――――
     そうして戦闘プランを頭の中で練り上げていくが、いつまでたっても人形たちが現れない。
     何かの罠か?と、警戒してそれからさらにしばらくその場から動かなかったがやはり人形は現れなかった。
     慎重に注意しながら路地まで戻って見ると、動く殺人人形はおろか凛が踏み砕いた人形も、燃やした人形もなくなっていた。
     逃げられた――――――
     そう理解したとき、凛は怒りからガンとそばの塀を殴りつけていた。
     やっと尻尾を掴んだと思ったらいいように逃がしてしまった。
     せめて壊した人形のかけらでも回収できれば成果ありだろうが、この暗い中でそれを探し出すのはほぼ不可能に思える。
     これではまた姫に秀人の前で小言を言われかねない。
     本当に、すべてが、うまくいかない。

  • 2000.01.07
  • 式神~第一章~③

     夏の暑さは日増しに強くなっていく。
     七月という月は上り詰める月なのだ。
     それは人々の感情にも現れる。
     学生はもう目の前に夏休みを控え、社会人もお盆という連休をもらうチャンスがある。多くの人々は夏のバカンスに心躍らせ、気温と一緒に自分の気持ちも高揚させていく。
     しかし凛の内面はそうはいかなかった。
     表向きの顔はいつもと変わらず、才色兼備な優等生を演じながら、心の中では昨日の失態を悔やんでいた。
     今朝、姫と秀人に人形との遭遇を話したが二人とも特に感想はなかったようだ。
     秀人にいたっては凛に怪我がなかったことを喜ぶ始末だ。
     心配されるなど、凛にとっては心外でしかない。それならば姫のような無関心のほうがまだいくらかマシに感じられた。
    「ふぅ……」
     人の目があるところでは一生懸命笑顔を作ってはいるが、一人になるとついついため息をついてしまった。
    「夏にそんなため息は似合わないぜ、お嬢さん」
     気がついたら文香がそんなキザな台詞とともに紙パックのいちごオーレを差し出して目の前にいた。
    「じゃあ、私のために気晴らしになるようなお話を聞かせていただけるかしら? 紳士」
    「いいとも、いいとも。というわけで、夏休みに入ったらすぐ、その日に海に行かないかね?」
     文香とは中学からの付き合いになる。お互い違う小学校から上がってきたので中学校で初めて顔を合わせた。
     初対面の印象は気に食わない。
     文香のほうは単純にお嬢様だなあ、ぐらいのものだったらしい。
     最初こそ毛嫌いしていたが、文香の男勝りな性格に凛は少しずつ好感をもつようになり、卒業のころには凛にとって唯一親友と呼べる関係になっていた。
    「嫌よ。肌を焼きたくないの」
     文香から受け取ったいちごオーレにストローを刺しながら夏休みのお誘いを一言で一刀両断。
    「そういうなよ~。白い砂浜、青い海、真っ赤な太陽、ひと夏の恋。これ全部がわずか一時間電車に揺られるだけ手に入るんだぞ?」
     文香は文香で凛がそういうことは最初からわかっていたのだろう。わざわざ近場の海水浴場のパンフレットを持ち出して擦り寄ってくる。
    「砂浜はごみだらけ、海はどんな有害物質が溶けてるかわからない、太陽にいたってはさっき言ったとおり肌を焼きたくないから見たくもない、ひと夏の恋って……あんた、本気でそんなもの求めてるの?」
    「うんにゃ、ただ単にナンパされにいくだけ。しかもそれをこっぴどく振るのがオレの好みだな。にしても、相変わらず鞍馬凛お嬢様は夢もへったくれもないね~」
     凛の前の席に腰掛けると頬杖をついて右手を差し出してきた。
    「私にかけてるのが夢とか希望とかいう類のものなら、あなたに欠けてるものは女らしさという先人の教えね。……って、何よ、その手は」
     いちごオーレを最後の音を立てながら飲み干しながら文香の差し出してきた手を凛は鬱陶しそうに見つめる。
    「いわれなくてもオレに乙女な成分が足りてないことぐらいは理解してるよ。いちごオーレのお金。まだもらってないだろ?」
    「はあ? おごりじゃないの?」
    「オレは一言もおごりだなんていってないもんね~」
    「あきれた……本当に友達甲斐のないやつ……」
     観念した凛は鞄から財布を取り出すと百円硬貨を文香に手渡した。
    「友達だからため息ついてる凛を心配していちごオーレを譲ったんじゃないか。おかげでオレはまた買いに一階まで降りなきゃいけなくなった」
    「はいはい、それはどうも。ありがたくって涙がでそうよ。そして今、ため息つくぐらい機嫌が悪いんだからさっさとどっかいってよ」
    「あらら……こりゃ本格的に機嫌が悪いな……珍しいね、凛が人前でツンケンするなんて」
     凛と文香がはたから見れば喧嘩にみえるようなやり取りをしていると凛の机のそばにもう一人女の子が近づいてきた。
    「あ、あの……」
     凛はその少女、少女という表現が非常によく似合う女性に目を向けた。
     日下部レナ。
     文香とは対照的に女の子らしく少々気の弱い同級生だった。彼女とは高校のこのクラスで初めて知り合った。
    「え、えと……喧嘩はよくないよ……?」
     レナは一生懸命だがまるでいたずらがばれた子犬のように震えながらか細くそうつぶやいた。
     その瞬間、
    「あははははははははははははははははははははははは」
     文香の無神経な笑い声が教室中に広がった。
     凛は本当に文香にもレナのような恥じらいというものを学んでほしくて仕方がなかった。レナはびっくりしたり、突然笑われてどうすればいいのかわからなくなりおろおろするばかりだ。
    「日下部さん、気にしなくていいのよ。喧嘩してたわけじゃないわ」
     おびえるばかりのレナをなだめるようにできうる限り優しい声色で凛はレナにささやいた。
    「そうだとも、レナ。オレと凛は喧嘩なんかしてないよ。ただ夏休みの計画について話し合ってただけだよ」
    「そ、そうなの……? でも私には凛ちゃんと文香ちゃんが喧嘩してるようにしか…… で、でも夏休みの計画っていいね……」
    「何いってるんだ、レナも一緒に行くんだよ。レナは相変わらず二十四時間かわいいな…… お姉さんがぐりぐりしてやろう」
     文香はレナを自分のほうに引きずり倒すとその頭を胸に抱えてぐりぐりと撫で回している。
    「文香いい加減にしなさいよ、日下部さんが迷惑がってるじゃない」
    「め、迷惑じゃ……ないけど……くすぐったいです……」
     はたで見ている凛からすれば猛獣がレナを食べようとしているようにしか見えない。
     文香は一通りレナをいじり倒すとやっとその身を開放した。
     この暑い中、冷房もなくくっつきあっていたので二人とも汗だくである。
     顔にういたびっしりと玉のような汗をふきながらレナはなんとか口を開いた。
    「夏休みの計画ってどこかにいくんですか……?」
    「ああ、そうだった。すっかり忘れてた。海に行こうと思ってるんだけどね、冷たい凛様は来てくれないって言うんだよ、ひどいだろ、レナ」
    「え……凛ちゃん来ないんですか……」
     文香のわざとらしい非難の目は無視してもさして問題ないのだが、レナのそれに関しては話が違ってくる。
     この娘は小動物を髣髴とさせる。凛も女の子である。小さなもの、かわいいものが嫌いなわけがない。
     そしてこの日下部レナという少女はその両方を兼ね備えていた。
     凛はどうもこの娘に下から寂しそうに見上げられると否定の言葉を口にするのをはばかられる。
    「そうね……行きたいのは行きたいんだけど……その日は予定が……ね?」
     口からでまかせの嘘である。
     純粋なレナはそうですかと納得はしたもののそれでも残念そうな顔を、文香は嘘をつくなという顔をしている。
    「ほうほうほう、予定ねー……二組の沢村と?」
    「はあ?」
    「え……?!」
     文香の声に驚きの声は二つあがる。
    「知ってるんだよ~、おじさんは。あんた沢村に告られたでしょ~?」
     文香がにまにまといやらしい笑みを満面に浮かべて凛に迫る。
    「な、なんであんたがそれを知って……」
     凛はそこまで言って「また」知られてしまったことに渋面を作って方を落とした。
     なぜ文香が知っているかなどということはもはや考えてもしかたないことだろう。この女はどこからともなくいつも凛にとって都合の悪い情報を仕入れてきてこうしてからかってくるのだ。
     おそらくコネのある運動部や一部の文科系の部活の知り合いから仕入れてきているのだろう。凛は文香のこういう人脈の形成という才能を疎ましく思うこともあるが大いに評価していた。
    「ほ、本当なんですか……? その、沢村君に……?」
     初めて聞いたニュースにレナは顔を真っ青にして驚いている。
     普段から恋愛関係の話には不慣れなレナにとってはずいぶんとショッキングなニュースだったようだ。
    「まあ……一応、ね……」
     文香にこの手の話をからかわれるのは慣れていたが、その場にレナがいるとなると妙な気恥ずかしさを感じる。
     加えて、このタイミングで再び姫の笑い声が頭に響いてきてしまった。
     ますます自分が何かとても恥ずかしいことをしているのでは、という思いが凛の頭をよぎった。
    「それで……どうなったんですか……? 凛ちゃんと沢村君……お、お、お付き合い……してるんですか……?」
     ショックが抜けきらない表情のままレナがこの話に食いついてきた。
    「おー? そうかそうか、レナも興味あるよな~。大好きな凛ちゃんが男に汚されたかもしれないんだからな」
    「ちょっと! 変な表現しないでよ! 付き合ってないわ。丁重にお断りしました!」
     凛は文香の表現に顔を赤くして半ば叫ぶように声を上げ立ち上がったときにいすを倒してしまった。
     椅子が倒れた時の大きな音にクラスの目線が凛の机の周りの三人に降り注ぐ。
     慌てて椅子を戻し、コホンと咳払いをする。
    「文香のせいでいらない恥をかいたじゃない……」
     凛は先ほどの叫びの反発のように声を潜めて往年の友人を非難するが、非難された側はそんな凛の声音にもどこ吹く風という顔で受け流している。
    「オレはオレの知ってる情報の確認をとっただけ。大きな声でばらすようなことはしてないぞ?」
    「日下部さんにばらしたじゃない」
    「おいおい、レナにまで秘密にするのか? ひどいやつだな~凛のほうがよっぽど友達甲斐がないじゃないか。なーレナ~?」
     文香は満面の笑みでレナに話を振っている。こうして凛をからかっているときの文香の笑顔はどこか姫のそれと似ていると最近凛は考えるようになっていた。どちらもまったく顔の形が違うのだが。
     話を振られたレナは、
    「………………」
     呆けたように俯いていた。
     まるで心ここにあらずといった風である。
    「? レナ?」
     レナの反応がないことに気づいた文香がレナ」の顔を覗き込んだ。
    「はぅ……あ……えと……なんですか……?」
    「レナには刺激が強かったか……ごめんよ~お姉さんが悪かったよ~」
     レナがやっとこちらの世界に意識を取り戻すと文香は再びその頭を抱えてぐりぐりを開始した。
    「ああぅ……文香ちゃん……暑いです~……」
    「汗を流せばダイエットになるだろう~女は痩せててもダイエットする生き物なのだよ~」
     そんな風に、いつものようにじゃれあっているとチャイムの音が響いた。あわせたように中年の数学教師が教室に入ってくる。
    「お、もう時間か。じゃあ凛、海のことちゃんと前向きに考えとけよ」
     文香はレナを開放すると自分の席へと去っていった。
    「はいはい、わかったわよ。日下部さん、大丈夫?」
     文香に適当に答えながらふらふらと足元がおぼつかないレナに気遣わしげに聞いてみた。
    「う、うん……大丈夫……大丈夫……」
     そういって日下部レナはふらふらと夢遊病のように自分の席へと戻っていった。
     それは今街を襲う通り魔事件とはかけ離れたごくごく普通の高校生のワンシーンだった。

     それからは特筆するようなことは何もなく学生の時間は終わり、自宅への帰路に凛はついた。
     放課後になると意識はすぐに通り魔事件に向いていた。
     今後の調査方法に関してあれこれ考えながら歩いているうちにあっという間に自宅の巨大な門の前まで来ていた。習慣というのは恐ろしいもので余計なことを考えていてもちゃんと無意識のうちに脚は凛を自宅まで運んでくれたらしい。
     通用門の脇にある郵便受けを覗くと大きな封筒が入っている。どこを見ても差出人の名前がないどころか、そもそも切手も消印もない。
     普通なら不審物ということで警察に届けられてもしかたないのだが凛にはこれに心当たりがあった。
     そう、ようやっと「機関」から分析結果が届いたのだ。
     急いで自分の部屋で着替えを終えると裏の庵にいく道すがら封筒を開けて中身を確認する。
     流し読みする限り、犯人は人形を傀儡していることなどが書かれている。
     せめてこの報告書がもう一日早く来ていれば対策を立てて昨日の段階で犯人を捕まえることができたかもしれない。
     こういうところでも今の自分はうまくいっていないのだと自覚する。
     凛は思わず舌打ちやため息をつきそうになるがぐっと飲み込んだ。
     うまくはいってないが前進はしている。
     ならば過去の噛み合わせの不具合を嘆く前にするべきことがある。
    「姫、話があるんだけ……ど……」
    「こんにちは、凛。今日はずいぶん早かったね」
     まただ。
     秀人はそれが当然というような顔でこの部屋にいる。
     そんなに姫に会いたいのだろうか?
    「こんにちは。悪いけど、出て行ってくれる? 姫に大事な話があるの」
     少々きつい物言いになってしまっただろうか?とも思ったがこれ以上秀人がここにいるのはよくない。
     そう、いるべきではないのだ。
    「よい。秀人には茶を入れてもらわねばならぬでな」
     ここで姫が口を挟んだ。
     彼女は秀人がここにいる意味を理解しているのだろうか?
    「姫! いい加減にして! 」
    「秀人がここにいて何か不都合があるのかのう?」
     姫の様子はまるで凛の意見に興味がなさそうだ。
     凛もわかっている。
     どうせどんなに説得しても姫が自分の言い分を聞いてはくれないと。
     しかしだからといって自分の意見を述べずにはいられない。
    「いい? 秀人は一般人なの。『私たちの領域』に巻き込むわけにはいかないの。それぐらい姫だってわかってるでしょ?」
    「よいではないか……すでにその童(わらし)は引き返せぬ領域まで脚を踏み入れておる。ならばこの鞍馬の地の守護者たる我らが監視、保護を行うは理にかなっておろう」
    「保護と引きずり込むのは違うわ。大体、姫は自分の道楽のために彼をそばに置いておきたいだけじゃない!」
    「妾(わらわ)の道楽? これはまた異なことを言うな。主(ぬし)がとどめおきたいのであろう」
    「そんなわけ…………!」
    「ストップ」
     凛と姫の言い合いがいよいよ引き返せない領域に踏み込もうとする前に秀人が口を挟んだ。
    「なんだか大事なお話みたいだから僕はこれで帰るよ。姫、紅茶はこのポットに入ってるから悪いけど二杯目からは自分でついでくれるかな?」
     紅茶が湯気を上げているカップを手に取るとそれを恭しく姫に渡し、隅においてあったかばんを拾うとさっさと身支度を整える。
    「それじゃ姫、また明日」
     秀人は姫への挨拶を済ませると凛へと向かいあった。
    「凛」
    「…………」
     自分の名前を呼ばれても知らん振りを押し通す。顔すら合わせようとしない。
     その頑なな様子に秀人は苦笑しながら今言わなければいけないことを口にした。
    「何をしようとしているかは僕にはわからないけど、危ないことはしちゃいけないよ?」
     それじゃ、と言って秀人は庵を出て行った。
     庵を出て行こうとする秀人の後姿を見つめて凛はますます不機嫌になる。
     この男はなんて無神経なのだろう。
    「やれやれ……つまらぬ茶会になってしまったな……賓客がいないのではせっかくの茶も茶菓子も価値がない」
     そういって優雅に紅茶を啜り、姫はつまらなそうに凛を見た。
     そうだ、あの男は無神経なのだ。
     無用の心配をかけて。
     一体あの男は自分を何様だと思っているのだろう。
    「それで、妾(わらわ)の最近の唯一の楽しみを奪ってまでしなければならぬ大事な話とはなんじゃ?」
     姫に振り返る。
    「連続通り魔殺人事件、その犯人たる魔術師を捕まえます」
     気に食わない。

     自室のドアを開ける。
     まだ太陽が昇っているのに薄暗い部屋の中。
     いつからだろう。
     太陽が嫌いになったのは。
     一時は太陽と仲直りもできたけど、今はまた絶好状態。
     それでもかまわない。
     今はたくさんの友達がいるから。
     そう、今の私にはたくさんの友達がいる。
     昔の私とは違う。
     私は彼女に選ばれたのだから。
     彼女は完璧だ。
     私みたいなごみとは違う。
     誰よりも美しく、気高く、けど決して傲慢ではなく、慈愛に満ち、頭脳明晰、運動もできて、私なんかが話しかけられるような人じゃない。
     まして私には彼女に声をかけてもらうような価値なんてない。
     でも、そんな私を彼女は友達だといってくれる。
     そうだ、夏休みには一緒に海に行くんだ。
     どんな水着だろう………………
     きっとどんなものを着ても彼女ならすごく似合うに違いない。
     想像するだけで体が熱くなる。
     全身を赤い何かが駆け巡って疼き抑えられない。
     一番近くにあったお人形を手に取る。
     渾身の力をこめてその体をへし折る。
     ぶちゅり…………!
     私の中を駆け巡る赤と同じモノが滴り落ちる。
     それをなめるだけで疼きは快感へと変わっていく。
     こんな気分のときなら私は何でもできる。
     そう、何でもできるんだ。
     彼女に選ばれた私なら何でもできるんだ。
     彼女に……あんな女なんかに負けたりしないのだ……
     彼女は完璧だ。
     私がほしいものをすべて持っている。
     それだけなら許せる。
     高価な宝石の彼女と無価値な石ころの私を比べるほうがどうかしている。
     でも……
     でも……でも……でも……
     でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもででももでもででももでもももでもでもでもでも――――――――
     彼女はすべてを持っている。
     私がほしいと思ったものを全部全部全部――――――
     それだけなら許せる…………
     けど、私の一番ほしいものを彼女はあっさりと投げ捨てた。
     私にとっての大事な大事な宝石を無価値な石ころとして放り捨てた。
     すべてを持っている人間は何もない人間の大事なものを無碍にする権利があるのだろうか?
     ない……
     そんな権利あっていいわけがない………………!
     そうだ……
     彼女が私の大事なものを奪い、ごみとして捨てるなら……
     私は彼女の大事なものを奪ってやろう……
     そして彼女の前でぼろぼろにして手ひどく捨ててやろう……
     そうすれば彼女も少しは反省するはずだ。
     でもそんなことをすれば彼女は激怒する。
     彼女が怒るところなんて見たことがないけど、どれほど激しいのだろうか?
     …………見てみたい。
     見てみたい見てみたい見てみたい見てみたい見てみたい――――――
     きっととても怖くて激しくてそして美しい……
     私だけに見せてくれる姿だ……
     さあ、するべきことは決まった…………
     私にはできる。
     だって――――――
    「みんな……手伝ってくれるよね……?」
     小さな部屋に笑い声が零れる。
     クスクス……くすくす……クスクス……くすくす……
     クスクスくすくすクスクスくすくすクスクスくすくすクスクスくすくすクスクスくすくすクスクスくすくす――――――
     こんなにたくさんの友達がいるのだから。
     私の唇の隙間からも笑い声が漏れる。
     だけど、どうしてだろう?
     こんなにわくわくして楽しくておかしくて仕方ないのに。
     笑い声が止まらないのに。
     あなたはどうして泣いているの?

  • 2000.01.07
  • 式神~第一章~④

    「『機関』からの報告書が来たわ。内容は私が遭遇した通りのことを書いてあるだけだけど。でも収穫はあるわ。魔力の波長を解析してある。これならダウジングや姫の魔力感知を使えば犯人の居所を割り出すことができる」
     凛は封筒に収められた書類を床に広げその前に座って詳しくその内容を調べていた。
     その様子を姫はつまらなそうに見ていた。
    「タイミングが少し遅かったけど……これでこの事件も解決ね。また平和な毎日が戻ってくるわ」
     姫は庭のほうを見ていた。
     この百数十年、外の世界も中の世界も変わったことは一度もない。
    「最悪の場合、姫にも手伝ってもらうわよ、まあ今回は私一人でなんとかなるだろうけど」
     契約を結び、鞍馬の血と地を守ってきた。
     ただそれだけの日々を思い出す。
    「ちょっと、聞いてるの?」
    「聞いておる。口うるさい小娘じゃ」
     姫は不機嫌そうにやっと口を開いた。
     秀人が出て行ってからずっと凛の話を聞いている様子はなかった。ただ呆然と変わるはずのない風景を眺め、時折少しさめた紅茶を飲み干すばかりだった。
    「妾(わらわ)に出番がないなら主(ぬし)の話を聞いておく必要もないと思うがの」
    「馬鹿なこと言わないで。魔術師同士の戦いで絶対はないのよ。常に最悪に状況に対する準備はしておくべきだわ。それが魔術師よ」
    「魔術師とはずいぶんと臆病なのじゃな」
    「臆病で結構よ。魔術師の才能は魔力、明晰、危険回避の三つだもの。その結果が臆病というレッテルなら甘んじて受けるわ」
     姫は再び小さくため息をつくともう一度外の風景に目線を戻した。
     しかしそれは先ほどまでの凛を無視するような様子ではなく、先を進めるためのものだと凛は理解した。
    「今回の相手はその魔術様式も見えてる。人形の傀儡。おそらくそれ一本のみ。これが意味するところは……」
    「教育を受けた生粋の魔術師ではなく、偶然に才能に目覚めさせてしまった哀れな一般人、ということかの」
     姫に最後の言葉を取られても凛は怒りを覚えなかった。いつも飄々とした姫がやっと真面目に自分に協力する気になってくれた証だろうとむしろ気分よくそれを受け入れる。
    「原因は不明だけどおそらくそのとおりね。もしきちんと魔術を習得した人間ならあんな無防備な場所で派手な殺人は犯さない」
     陰惨な殺人現場を思い出す。魔術において血液は非常に重要な媒介であることは凛は当然理解しているが、あそこで流されたそれは明らかに不要なものである。
     あれは魔術のための流血とはいえない。
    「魔術師はあくまで研究者であり、異常者ではない。自分の研究に殺人が必要不可欠な要素であったとしてももっと回りにばれないように細心の注意を払うわ。しかし今回の犯人はその犯行を隠そうとする素振りが見当たらない」
     姫は横目で凛を見ながら理由は?と先を続かせた。
    「考えられる理由は二つ。ひとつは魔術師としての常識、『機関』に命を狙われるということの重要性を理解していない。二つ目はそれまで開放されていなかった自身の力に溺れ酔っている。もしくはその両方か……。いずれにしろこんな幼稚な犯行は魔術師の所業とは言えないわね」
    「しかし、その幼稚な所業を官憲も主(ぬし)も見抜くことはできなかったようじゃが?」
    「幼稚だから見抜けないこともあるわ。私はあくまで魔術師の常識に照らし合わせて犯人を追跡しようとした。私が気づかないほど高度な人除けの結界でも展開してるのかと思ったら何のこともないわね。犯人自身は現場にいなくてそれを行っているのは傀儡の人形。当然指紋なんか残るわけないし、髪の毛が落ちていたところでナイロンの人口繊維。警察がそれを人形の頭髪だと解析できたとしてそれと事件の関連を結びつけることはまず不可能。幼稚な犯行ではある、けど今回はものの見事にその幼稚さが型にはまっていまだ捕まっていないってわけね」
    「よろしい」
     姫は短くそう答えて残り少ない紅茶を飲み干した。
     姫と凛はそもそもの生きた年月に圧倒的な差がある。それはそのまま経験値の差といっていい。
     よって、時として姫は鞍馬の魔術師にとって師と呼べる存在となる。
    「鞍馬の責務はこの地において妖による不要な被害を出さぬことじゃ。昔はそれ相応の身分の元に生まれたものであっても支配欲などの俗世の欲に駆られてその外法を振るうやからもいたが現代においてそれは稀じゃ。むしろ今回のような突発的な事件のほうが多い。外法者の論理を当てはめるのはよいがそれだけに頼ってはならぬ」
     凛はうん、と答えながら今この状況を自身の心に刻んでいく。
     まだ魔術師としても鞍馬の地の守護者としても、『機関』の構成員としても未熟だと痛いほどわかっているからこそひとつの事件から多くのことを学ばなければならない。
    「問題は、犯人が今日も動いてくれるかどうか、ってことね。動いてくれないことには探知のしようがないわ。昨日の今日だし、しばらく潜伏するかもね。最悪の場合どこか別の場所に逃げてしまうかもしれないし」
    「うむ。今回の下種はどうも臆病者のようじゃからな」
    「臆病? 慎重ではなくて?」
    「わからぬか? 事件の初期こそ大人しいものであったがだんだんとそのやり口に変化がでてきていることに」
     口の元に手を当てて凛は考えた。
     確かに初期の段階に比べると後半はだんだんと手馴れてきている。一部の死体はまるで現代美術の彫刻を作るように解体した人間の体を配置している。
     しかし、それと臆病がどうしてつながるのだろうか?
    「よいか、手馴れてきていることも確かじゃがなによりも下種は味をしめたのじゃ。ここまでならしてもばれないという一線を模索しておった。そしてその一線をある程度把握すると一気に犯行が派手になった。慎重なものはこのような行動はせぬ」
    「あ……そうか……もし慎重なら最初から最後まで同じやり口で淡々と犯行を重ねるだけのはず……」
    「そうじゃ。仮に殺人を芸術に見立てているのなら最初からそのように派手な犯行を行っておる」
    「でもそれをしなかったのは一線を探していたから……そして手ごたえを掴んだ……つまり、自己顕示欲……?」
    「よい思考じゃ。これは殺人が目的ではない。殺人は手段であって目的はほかにある。しかし殺人を重ねるうちに本来の目的から外れた自己顕示欲が生まれた。その結果が主の言う無残な死体じゃ。しかしそれだけではない。下種は一度主(ぬし)に遭遇して手痛い返り討ちに会っておる。このとき、彼奴は他にも手勢がいたにもかかわらず一体が倒れただけで即座に引いた。慎重な身の引き方、と取れないこともないがそれ以上に妾(わらわ)には犬に手をかまれて慌てて手を引っ込めたようにしか見えぬ」
     自身のことを犬と表現された凛としては少々釈然としないものがあったが確かにそう考えることもできる。
    「臆病な者はときとしてこちらの考えも及ばぬ行為に手を染める。よいか、凛。真に警戒すべきは勇敢なものでも狡猾なものでもない。臆病な者じゃ」
     二人の会話に割って入るように鈴の音が頭の中に響いた。
     それは本当に鳴った音ではなく屋敷の周囲に施した結界に侵入者が引っかかったことを示す音だった。
    「姫!」
    「侵入者か、人ではないな」
    「姫はここで待機。最悪この庵に逃げ込むからここで応戦。いいわね?」
     凛は答えを聞かずに庵を飛び出した。
     後に残された姫はやれやれとため息をつくと空になったカップに冷めた紅茶を注いだ。
     侵入者は道路から塀を越えて敷地内に侵入すると屋敷の正門と正面玄関をつなぐ道に陣取っているいるようだ。
     魔術師の自宅とはそれ自体が要塞と同義である。にもかかわらずここまで堂々と侵入してくるとは。
     素早く手袋をはめると臨戦態勢に入る。
     今向かっている正門の小道にいる一体以外には気配を感じないがどこに潜伏しているかわからない。周囲に注意を払いながらゆっくりと侵入者のほうに近づく。
     予想通りそれは一体の人形だった。
     くるくると月明かりに照らされて踊るさまは童話の中に出てくればほほえましい一ページなのだろうが、現実の世界では異質なものでしかない。
     その人形は凛の姿に気づくとちょこんとかわいらしくお辞儀をしてきた。
     油断はできない。
     人形はその小さな背中に背負っていた何かをおろすと無造作に凛のほうに投げてよこした。
     凛は咄嗟に後ろに飛びのいたが、危険なものではないようだ。
     それはただ硬い音を立てて地面に転がった。
     それは携帯電話だった。
     しかもこの形は見たことがあ――――――
     突然けたたましく携帯が音を立てた。
     この音も聞いたことがある。
     携帯を投げてよこした人形は携帯の着信音に慌てて笑うようなしぐさをしている。
     その間ずっと携帯はなり続けている。
     出ろ、ということか……?
     警戒心を解くことはできないが、しかしこのまま携帯がなり続けるのを黙って見ているだけでは意味がない。
     恐る恐る携帯をとり、それを開く。
     ディスプレイには非通知設定された旨を表す表示が出ている。
     凛は通話ボタンを押した。
     クスクス……くすくす……クスクス……くすくす……
     電話の向こうでは何人もの少女が忍び笑いをしているような音が聞こえた。
     不気味以外の何者でもない。
     目の前にいる人形は電話の向こうの笑い声に合わせてゆらゆらと揺れている。
    「りーんーちゃん、あーそーぼー」
     幼い印象の少女の声。
     どこか舌足らずで甘えた印象をあたえるその声は母性本能をくすぐられる。
    「ふざけないで。あなた、だれ? これはどういうつもり?」
     凛は冷たく突き放した声でささやいた。
    「りーんーちゃん、あーそーぼー」
     少女たちの忍び笑いをBGMに電話の主は同じ言葉をもう一度繰り返した。
    「ふざけるなっていってるでしょ! 今すぐ私ところに来なさい、そうすればまたもとの日常に戻れるかもしれな――――――」
    「……た……す……け……て……」
     ドクン!
     心臓が嫌な動き方をした。
     BGMは相変わらず少女の忍び笑いだが、電話から発せられた声は不鮮明ではあったが男性のもの。
     しかも、この携帯は――――――
    「人質ってわけ……あんた……秀人を……」
     手に持った携帯がひしゃげるのではないかという勢いで強く掴んだ。
     そう、いつも秀人はこの携帯を使っていた。
     凛の家であまりに長居をしていると実家から電話がかかってきて慌てて帰っていってたっけ。
     携帯からは今もなお途切れることなく笑い声が木霊している。
    「……りーんーちゃん、あーそーぼー」
     不愉快な音の羅列。
     そうか、こいつはそうなのか。
     この電話の向こうにいる女はよりにもよって私の領域を犯したのか。
     ならば――――――
    「いいわ、遊んであげる――――――」
     笑い声が止んだ。
     そして。
    「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
     ブツン……プープープー…………
     子供がお腹を抱えて暴れるように笑う声を残して携帯は犯人と凛のつながりを切った。
     目線を前に戻すと携帯を運んできた人形の姿はすでになく、人形がいたであろう場所には小石に挟まれた一枚の紙切れだけが残っていた。
     凛はその紙切れを手に取るとまるで何事もなかったかのように姫が待つ庵へと引き返していった。
     月明かりがC市を白く照らしている。
     その一角にある魔術師の館だけが主の激情のままに赤く揺らめいていた。

     今夜のC市はいつにも増してその静けさが目立っていた。特に普段なら人の往来の多い繁華街における静けさは異常だった。
     それは廃墟というよりも、時間そのものが止まったような静けさ。人々がおびえ息を殺して潜むように、C市の空気も何か巨大なものの不興を買わないように必死に息を殺しているようだ。
     そんな閑散とした雑居ビル群の中をゆっくりと、しかししっかりとした足音が響き渡る。
     地面を打ち鳴らす影は少女。
     白い月が映し出すその姿は月の光の妖精のよう。
     ほっそりと脚は折れそうな儚さを、響く足音は力強さを。
     すらりと伸びた腕は美しさを、その先端に備えられた漆黒の布からは禍々しさを。
     目は前を見据え、振り返ることなく、空の星々よりなおまばゆく輝く。
     凛は人形が残した紙片に書かれた住所と地図を頼りにひとつの雑居ビルの前に立った。
     クサカベ第四ビル。
     五階建てのさほど高くもないビルの先端に月がかかっている。
     指定されたその場所を前にしても凛の表情は変わらない。
     普通ならロックがかかっているであろうビルの扉はすでに大きく開け放たれており、その様子はあたかもすべてを飲み込む魔物の顎のようでもある。
     その先にある闇は深く、そしてひどく血の匂いが染み付いていた。
     しかし、凛はそのおどろおどろしい風景にも何一つ動じることなく、ビルの中へ入る。
     入るとひとりでに扉が閉じられた。おそらく外に配置しておいた人形が閉めたのだろう。
     すぐ目の前には凛の邸宅まで来たのとはまた別の人形が手のひらに明かりのついた蝋燭を載せて不自然な姿勢でぺこりとお辞儀してきた。
     そのまま奥へと踊るように誘うようにするすると消えていく。
     凛は慌てることなくその蝋燭の光を追いかけて歩き出した。
     蝋燭の火はまるで鬼火か何かのようにゆらゆら揺れながら階段を上り始めた。そのすぐそばに固まった笑顔をたたえた美しい人口の顔が微笑み、凛を見下している。
     やがて人形は階段から廊下へとすり抜けていき、ひとつの安っぽいドアの前で止まった。
     人形はこの先へ、と言わんばかりに廊下の脇によけている。
     凛は無感動に人形を一瞥するとドアノブを握り、そのまま躊躇なくそれをひねって部屋の中へと入っていった。
     そこは狭い雑居ビルの中ではかなり広い部屋のようだった。ただ部屋に置かれた背の高いステンレスの棚や、生首のように転がされたマネキンの首が置かれて奥のほうを見通すことができない。倉庫として使われ、ろくに整理もされていない部屋は当然掃除されることもなくずいぶんと埃っぽい。天井のすみには大きな蜘蛛の巣も張っている。
     迷路の壁のように立ちふさがる棚やダンボールの箱で作られた狭い通路奥へと進む。
     そして、部屋の最奥は。
     一面人形に埋め尽くされていた。
     そこだけは余計な棚などは壁の際に押しやられ、かなり広いスペースがとってあった。
     その棚の上に大小さまざまな人形が安置してある。中にはマネキンのようなかなり大きなものまで置いてあった。
     そのすべての無機質な目が一斉に自分をを凝視しているように凛が感じたのは思い過ごしだったのだろうか?
     部屋の中心にはひとつの豪奢な椅子が置いてあった。おそらくアンティークかなにかのかなり豪華なものなのだろう。
     その大きな椅子の中で少女はニコニコと膝の上に載せた人形の人口の髪に優しく櫛を通していた。
    「ミーナ? 気持ちいい? 髪の毛きれいになったね。ますますかわいくなったね」
     少女は侵入者である凛が入ってきたことに何の反応を見せずに人形に話しかけていた。
    「そっか~、うれしいか~。ミーナがうれしいと私もうれしいな……」
     人形を抱きしめる少女の姿は一枚の絵画のように無邪気で美しく、しかしその目は凛の手の先よりなお一層暗く光っている。
    「でもね……ミーナ……私悲しいの……お友達がね……ううん、あんな女もう友達じゃない……薄汚い雌犬がね……私の大事な……大事な……とっても大好きな人を奪っていったの……ひどいでしょ……? ひどいでしょ……?」
     少女はゆっくりと人形の目線とともに自身の目を凛の方へと目をむける。
     凛の星色の目と。
     少女、日下部レナの闇色の目が。
     真っ向からぶつかる。
    「こんばんは、日下部さん。こんな素敵な舞踏会場に呼んでいただいて、私、感激で泣きそうだわ」
    「見て……ミーナ……あの女がね……私の大事な人を奪ったの……」
     レナの目はもはや人形のミーナを見ていない。
     その目の中にどこまでも落ち込んでいく闇をたたえて、目の前の凛を見つめながら、言葉だけを人形へと投げかける。
    「日下部さん、秀人はどこ? 今すぐ出しなさい。そして『機関』の保護下に大人しく入りなさい。そうすれば今回の事件に対する罰は相当に軽くな……」
    「うるさい!!」
     レナは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると胸元に抱いていた人形を凛に向かって投げつけた。人形は凛の足元で跳ね返ってあてずっぽうな方向へと飛んでいき、壁の棚にぶつかることで止まった。
    「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!! 凛ちゃんに何がわかるの? 美人で頭もよくてみんなからちやほやされてそれらを当然のように思ってる凛ちゃんに何が? 何が?! 何が??!!」
     レナは癇癪を起こした子供のように髪の毛をかきむしり歯をむき出しにして、口角からは唾液の飛まつを飛ばしてそのか弱い体で自身の持ちうるすべて暴力を体現する。
    「私には凛ちゃんの持ってるものは何一つ持ってない! 高校に入るまで毎日のようにいじめられた! 誰も守ろうとしてくれなかった! 優しくしたら不気味だって言われて殴られた! 一生懸命笑ったら気持ち悪いって言ってけり倒された! 毎日便器の水に顔を浸けられて溺れそうにもなった! そんなことしても誰も笑わなかった! ただ化け物をみるような目で見て私を傷つけるだけ! 両親ですら救いの手を差し伸べようともしなかった!」
     荒い息を野獣のように吐き出すさまは学校でみる物静かで恥ずかしがり屋で気の弱い、だけどとても可憐な日下部レナの姿からは想像することもできない姿だった。
    「……だから……だから……うれしかったの……凛ちゃんが……文香ちゃんが……私に声をかけてくれて……クラスのみんなが怖くて怖くて……誰とも話せない私に……私なんかに……私みたいなのを……友達として接してくれた……それが私の誇りだった……」
     埃が厚く降り積もった床にぺたんと腰から崩れ落ちるようにレナがうずくまるとその肩が、腰が、髪の毛の先に至るまで嗚咽とともに震えている。
     レナのそんな姿を見て、覚悟を決めてきた凛の心も揺れ動く。レナを抱きしめようと今にも走り出しそうなその体を凛は自身の唇を血がにじむほどにかみ締めることで耐えた。
    「……ひっく……凛ちゃんと文香……っ……ちゃんだけが私の……誇りだったのに……なんで……? なんで……? なんで……凛ちゃんが……あの人を……私から奪うの……? 凛ちゃんと文香ちゃんが私のたった一つの誇りだったように……あの人は……あの人は……私のたった一つの……唯一の……宝物なのに……一番……愛しい人なのに……」
     涙が零れ落ちると、地面に広がる埃がじっとりと湿ってさらに地面へと沈み込んでいく。
     レナはゆっくりと顔を上げた。
     その涙に濡れた目には先ほどまでの深い闇色はない。
     ただその目が凛に語りかける言葉は二つだけ。
     どうして?
     そして――――――
     凛は必死に自分の心に蓋をする。
     今、私は凛として来ているのではない。
     携帯でレナの声を聞いたときから覚悟していたではないか?
     もし、本当に、自分の目の前に立ちふさがるのが彼女なら、それすら踏み越えると。
    「どうして……? どうして凛ちゃんが……さわ――」
    「関係ないわ」
     凛の声は凛自身が驚くほど冷たく部屋に響いた。
    「関係ない。今の私にとって、あなたの過去は関係ない。加えて、彼も関係ない。私はただあなたを止めにきただけ。もう一度いうわ、日下部さん。投降しなさい」
     レナは最初凛の言葉が理解できないようにすべての動きを止めていた。
     それはまるで彼女が人形になったかのようだった。
     ゆっくり、じっくり、悪い毒が回るようにレナの瞳から光が消えていく。
     跡に残ったのは塩分をいくらか含んだレナの透明な体液がほほの皮膚に付着しているだけ。それすらも、人としての最後の欠片とともに地面へと流れ落ちた。
    「日下部さん、もう一度言うわ。投降しなさい。そして犯した罪を償いなさい。あなたの罪は一生きえないかも知れないけどそれでも――」
    「もう……いいや……」
     糸で吊り上げられたマリオネットのごとくレナの体は不自然に浮き上がるように身を起こしておぼつかない足取りで先ほど投げ捨てたミーナを拾い上げた。
    「ごめんね……? ミーナ……ひどいことして……でももう大丈夫……レナね……やっとわかったんだ……レナの友達はミーナだけ……」
     レナはミーナの頭を押しつぶさんばかりの力で抱きしめる。それは人形に縋りつく以外に自分を保つ術を失った子供の姿。
    「ミーナがいて……あの人がいれば……」
     レナは顔を動かすことなく目線だけで凛を捉えた。
    「凛ちゃんはもういらない」
     部屋の壁を覆うおびただしい数の人形たちが一斉に動き出した。
     それぞれ見えないように隠していた獲物を引きずり出す。小さなものは縫い針から大きなものはさびたのこぎりまで。
     予想していたことだが退路はどこにもない。
     この部屋に入ってきた扉はがらくたの壁に阻まれて遥か向こう。もしそこまで運よくたどり着いたとしてもおそらく厳重に鍵をかけられていることだろう。
     袋の中のねずみとはまさしくこのことだろう。
     人形たちはレナからの命令を待ちながら焦れたように揺れている。その口元からは携帯から聞こえていた少女たちの忍び笑いが部屋の中にこだましている。
     室内の中で反響する笑い声はオーケストラの大音響にも負けない勢いで響く。
     それは死へ誘う鎮魂歌か、それとも己の不幸を嘆く悲恋歌か。
    「ばいばい……凛ちゃん……」
     レナは可憐に、無邪気に、美しく、そして無機質な人形のように微笑んだ。
     人形たちは一斉に凶器を振り上げ、凛に向かって殺到する。
     それは時間にして本当に刹那の瞬間。
     人形たちの飛び掛る速度は人間には決して実現不能の神速をもって虚空を走る。
     しかし、レナはその虚ろな意識の向こうではっきりと聞いた。

    「我空想す、」

     凛の口からつむぎだされる言の葉は簡潔にして明朗。
     この世の論理法則流れのすべてを、凍結させるそれは魔法の言葉。

    「故に汝存在り」

     大気が焼ける匂い。
     地面にはいかづちが逃げ場のを失った力となって疾走する。
     凛の一歩前の空間がゆがんだ。
     空間は甲高い悲鳴を上げてその身を内側へとねじりながらありもしない道をつなげる。
     その穴からあふれる芳しく、心惑わされる神秘の香。
     引きずるほどに長くたなびく漆黒の黒髪。
     対する肌は病的なまでに白く、その細すぎる腕はガラス細工の儚さとをたたえながら、しかし死神のそれと同質の畏怖を与える。
     人形たちは一体たりとも凛に到達することができない。
     その前に払われた死神の腕(かいな)によって、音もなくはじけとび、その内側で脈動する屍肉をぶちまける。
     しかし穢れたそれらは一人の魔術師と、その従者の身を汚すことさえできなかった。
     襲い掛かったすべての壊れた人形が自然落下によって地面に叩きつけられる音を聞いて初めて、レナはその存在を認めることができた。
    「汚らしい、下種の傀儡ではせん無きこととはいえ不快じゃ」
     狭い埃だらけの雑居ビルに降り立つは異形。
     その見目麗しい眉を寄せて口元に着物の布を寄せる。
    「あなた……なに……?」
     レナは初めて怯えた。
     凛一人と対峙したときには、何の危機感も持っていなかった。地の利も、圧倒的な物量も、そして切り札たる彼も、すべて掌握した自分が凛に負けるなどとは露ほども考えていなかった。
     あるいは、数週間前の彼女なら、このような恐怖は感じなかったかもしれない。
     なぜなら、その存在を理解できないから。
     しかし、今は理解できる。できてしまう。
     彼我の力の差を、その存在がいかに危険なものかを、その圧倒的な力を。
     理解できているはずなのに自分の物差しでそれを否定してしまう。
     いるはずがない。

     コンナモノガイテイイワケガナイ。

    「ご苦労様、姫」
     凛は自分が呼び出した従順なる相棒に声をかけ、その労をねぎらった。
    「レナははじめましてよね。紹介するわ。代々この鞍馬の地を守護せし鞍馬家における秘奥の式神、鬼姫よ」
     鬼姫はつまらないものを見下すようにレナを一瞥するだけでまったく興味を失ったように目線をそらした。
     レナはそんな侮辱を受けても返すことができない。
     鬼姫にはあらゆる理不尽を許される何かがある。
     そう感じてしまったからだ。
    「日下部さん、わかったでしょ? 鬼神の末裔たる鬼姫にはあなたでは勝てない。おねがいだから投降――」
    「どうして……?」
     レナは思わず最初に凛に投げかけた質問と同じ言葉を口にしていた。
    「どうして……凛ちゃんは私にないものばかり持っているの……? どうして私には何もないの……?」
    「………………」
     凛は答えなかった。
    「どうして……? どうして……? どうして……?」
     レナは震える全身を無理やりに立ち上がらせると明らかな敵意を向けてきた。
     狂ったように暴れたときとも、無感動に凛を始末しようとしたときとも違う明確な敵意。
    「……死ね……」
     それはやがて明確な呪いの言葉としてレナの口から漏れ出す。
    「……死ね……死ね……死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね――――死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
     自ら張り上げる声で自身の喉を引き裂きながらレナが絶叫を上げると、部屋中の人形が一斉に凛と鬼姫に襲い掛かった。それは人形と凶器の洪水といってもいい勢いを伴って二人の女へと殺到する。
     窓は外から人形によって蹴破られ、さらに多くの人形が室内にあふれ出す。
     人形たちの特攻を鬼姫は先ほどと同じように無造作に振り払う。
     その隙にレナは一番奥にあった窓へと必死に走り寄るとなんとそのまま外へ飛び出した。ここはビルの五階、そんなところから飛び降りて無事で済むわけがない。
    「姫! 道を開いて!」
     凛に応えて鬼姫は凛と窓を結ぶ直線状にいる人形たちに向かって腕を振るう。人形たちは不可視の力によって地面に叩きつけられ、そこら中で盛大に赤いものをぶちまけた。
     凛が窓に向かって走り出すと、鬼姫はその身を庇うように後に続き、襲い来る人形たちの攻撃から凛を守り、腕が振るわれるたびに新たな人形の死体が生まれていく。
     凛が窓から下を見下ろすとレナは一階分低くなった隣のビルに降り立ち、その中へ入ろうと非常用の扉の鍵を開けようとしていた。
     ビルの間には路地と呼べるほどの隙間もなく、運動音痴の彼女でも何とか飛び移ることができたのだろう。
    「姫! 私は日下部レナを追う! あなたはここで人形を迎撃! 全滅させなさい!」
    「一人で追うつもりか? いささか危険ではないか?」
     凛はすでに窓の枠に乗って今すぐにでも飛び出せる状態にある。
     鬼姫はそんな凛を背に無数に光る赤い人形の目と対峙する。
    「レナの残りの人形はおそらく腕に抱いていた一体だけのはずよ。むしろここにいる人形が一体でも生き残って街に流出するほうがまずい!」
    「ならば自分の身はせいぜい自分で守ることじゃ。このような玩具を壊すことぐらいならばどうということはないがこれだけの数じゃ、少々骨が折れるやもしれん」
     凛は無言でうなずくとそのまま隣のビルへと飛び降りた。
     その背中を見送ってから部屋の中を睥睨する。
     なんと汚らしく、下賎で、とるに足らぬもの共か。
    「妾(わらわ)も人形遊びなどという歳ではないのだがのう」
     無数に光る赤い目よりなお赤く濡れる唇が不適な笑みに歪む。
    「主(あるじ)の命じゃ、遊んでやる、玩具共」
     襲い掛かる人形は、それでもただの一度も鬼神の姫を穢すことすらできなかった。

     重力制御、肉体強化、力のベクトル制御――――――
     それらは凛が大きくなって独学で取り入れた西洋魔術だった。
     本来なら十階以上のビルから飛び降りても怪我することなく地面に降り立つことができる凛にとって一階分の高低差を飛び降りるなど造作もないことだった。
     ビルの屋上に降り立ち、目線を前に向けると、レナはすでに非常扉を開けて中に入っていた。
     せめてもの時間稼ぎのためにと、レナは必死で重い鉄の扉を閉めようとしていたが、古いビルで建てつけが悪いのかゆっくりとしか閉まらない。
     凛はレナに向かって疾走する。
     その脚は魔術によって強化され、凛をレナの元へ文字通り風の速さで運ぶ。
     レナは追いつかれまいとすべての力を振り絞って扉を引っ張る。
     もう、あと少しで凛の手が届くというところで、扉は突然バタンと盛大な音を立てて閉まった。
     それはただ、扉が閉まっただけのことなのか。
     それとも、レナの心のそれも重々しく閉じられてしまったのか。
     凛が扉に飛びつき開けようとするよりも一歩早く、中にいるレナがその扉に鍵をかけた。
     レナはそのまま転がるように階段を下りていく。
     凛は扉から離れるとビルの入り口があるであろう方向に走り、屋上からレナがビルから出てこないかしばらく見ていたが出てくる素振りがない。
     もし出てくれば先ほどビルからビルに飛び移った要領で地面に飛び降りて追いかけたほうが早いのだが思惑通りには行かなかったようだ。
     再び扉に駆け寄ると、ためしに扉に体当たりしてみるが凛の軽い体がぶつかった程度でどうこうなるような様子はない。
     凛はドアノブに空いた鍵穴の部分に指を押し当てると短く呪文をつむぐ。
    「紫電よ、走れ」
     指先から凛の魔力を糧に生まれた高電圧の電流がほとばしる。
     元来電気とは途方もないエネルギーを備えたものである。
     その電流を強制的に連続で流すことによって、鍵となっている鉄塊を電流が流れることによって生まれる熱エネルギーを使って無理やりに焼き切っていく。
     その熱が扉にまで移り異常な熱気を放つようになった頃になってようやく、扉がわずかに動いた。
     すぐさま凛は扉を開くと蛍光灯もない真っ暗の階段を下り始めた。

  • 2000.01.07
  • 式神~第一章~⑤

     その日はひどい雨だった。
     私はいつものようにただ淡々と日々を消化していた。
     中学生の頃のようなあからさまないじめはなかったものの、高校に入ってから誰かと仲良くしようとしない私に対するみんなの対応は無視だった。それは意識的に無視しているのではなく、声をかけたりしてもまるで反応を示さない私にみんなが興味を失ったからだった。
     それでいいと思う。
     興味を持って接してくれてもどうせまたいつかみんなは私を気味悪がって遠ざけ、最悪の場合この世界から排除しようとする。
     そうなれば中学の繰り返しだ。繰り返しなのだからそれでもかまわなかったが痛い思いをしたり、服が汚れないだけ今の環境のほうがマシだ。
     ある意味、今この環境が一番幸せなのかもしれない。
     誰からも干渉されず、私も誰にも干渉しない世界。
     これが一番平和で穏やかな世界。
     喜びも楽しみも何もないけど、苦しみも痛みもない世界。
     私はきっと高校生になってやっと世界で一番幸せな世界を手に入れたのだ。
     その世界は進級した二年生になっても変わらなかった。
     クラスメイトの一部は入れ替えがあったが、結局誰も私には干渉してこない。
     これでいい、これが幸せなのだ。
    「ああ? ふざけんじゃねえぞ! ぶっ殺されてえのか!」
     いつものように昇降口に来るとそんな罵声を浴びせられた。
     思わず私は体が硬くなってしまう。幼いころから人の怒鳴り声にだけは敏感だった。私がいる場所で誰かが声を荒げたら確実にそれは私に向けられたものだから。
     昇降口の外にあるドアの向こうはどしゃぶりの雨。
     その雨景色を前にして二人の女生徒が言い争っていた。
     一目みただけでそれが誰なのかすぐわかった。
     背が高く短く髪を切りそろえてるほうが中山文香。
     長い黒髪とそれとは対照的な白い肌が目立つほうが鞍馬凛。
     どちらも有名人だ。
     中山文香は水泳部で県大会で優勝するようなスポーツ少女で、しかも他の運動部の助っ人として呼ばれてはその部の勝利に貢献するスーパースターだ。
     一方の鞍馬凛はわが校きってのお嬢様で男女問わずにすさまじい人気を誇っている。次期生徒会長だなんだともてはやされながらそれを鼻にかけない気品をもっていた。
     そんな二人が言い争いをしている現場に来るなんて予想もしていなかった。
    「殺せるものなら殺してみせなさい。その前にあんたのその機能不全の舌を引っこ抜いてあげるから」
    「上等じゃねえか、三ヶ月は学校に来れなくなるようなあざ顔中に作ってやるから覚悟しろよ」
     私はそんな二人の言い争いにまるで関心がなかった。
     確かに学校の有名人同士が言い争いをしているというのは普通なら興味をそそられるような事件なのだろうが、私に限っては違った。私の平和な何もない日常の中には彼女たちを仲裁するなどという項目は存在しない。
     さっさと上履きを履き替えて雨の中へ出て行こうとした。
     そのとき。
    「おい、お前、ちょとまて」
     私の存在に気づいた中山文香が私に声をかけてきた。
     私が立ち止まりそちらへ顔を向けると彼女はずんずんと私に向かって進んできた。
     今までいろんな人間の暴力と恐喝にあってきた私でも彼女を目の前にすると息が止まるかと思った。
     彼女の目は肉食獣のそれである。
     眼光だけですでに暴力の域に達している。
    「お前、同じクラスの日下部だったな。ちっと話がある、こっち来い」
     胸倉をつかまれ引きずるように鞍馬凛がいる場所へと連れて行かれた。
     これから学校の有名人二人にいじめられるのだろうか?
     それもいいだろう。
     普通の人にただいじめられるだけよりはいくらか有意義にこのときは感じた。
     触れればぼろぼろと砂がこぼれる校舎独特の壁に体を叩きつけられ拳銃か何かを突きつけられているような緊張感の中、中山文香は口を開いた。
    「お前、コトブキヤは知ってるな?」
     コトブキヤというのは駅前にある小さなケーキ屋のことでこのあたりのケーキ屋の中では群を抜いておいしいと評判の店だった。私の灰色の人生の中であそこのベリーベリータルトを食べることだけが最近の唯一の楽しみだった。
     私はこくりとうなづいた。
     私がコトブキヤの存在を知っていることを確認すると中山文香は重々しくその口を開いた。
    「あそこのシナモンアップルパイとスイートオブショコラ、どっちがうまいと思う?」
     思考停止――――――
     彼女が何を言っているのか理解できない。
    「スイートオブショコラよね?」
     それまで黙っていた鞍馬凛がはじめて口を開いた。
    「あの上品で丁寧に仕上げられたチョコの甘さ……すべてのバランスを完璧に計算しつくしたパティシエの英知の結晶――それをそこの山猿は理解できないらしいのよ」
     鞍馬凛の鋭い眼光が中山文香に注がれる。
    「だからてめえは甘ちゃんだってんだ、いいか? コトブキヤの命はあのフルーツだ。しかもあそこのりんごは青森でもほんの少ししか手に入らない希少種を大量入荷してる。その貴重なりんごを余すことなく楽しめるスウィーツって言や、シナモンアップルパイしかねえだろ!」
     中山文香が牙をむいて鞍馬凛に食い下がる。
    「そんなにりんごが食べたければ猿らしくその希少なりんごとやらを自分でとって食べてきなさい。もっとも、あんたみたいな薄汚い山猿が触れられるような代物だとは思わないけどね」
    「さっきから猿、猿って……ならてめえも毎日チョコ食ってろ。そしてチョコ臭い女子高生になれ。やーい、チョコお化け~」
    「……あんたみたいな知能指数の知的外生命体に同意を求めたほうが悪かったわ。ね、日下部レナさん? あなたならわかるわよね? コトブキヤの本当のよさが」
    「何脅してんだ、この性悪お嬢様。こいつは今にもシナモンアップルパイって答えようとしてんのに邪魔すんじゃねえ」
    「何よ、脅してるのはあんたのほうでしょ?うるさいったらないわね。少し黙ってくれる?」
    「てめえこそ黙れ。そのスイートオブなんとかの代わりにオレの拳骨食わせるぞ」
    「……ベリーベリータルト…………」
     目の前でヒートアップしていく二人を見ていて私は無意識につい自分が一番好きなものを口にしてしまった。
    「わ、私はベリーベリータルトが一番おいしいと思う……」
     言ってすぐに後悔した。
     なぜなら私がそういってから二人は押し黙り、その場の空気は凍り付いている。
     もしこの場所を蝶々か何かが飛んでいたらその重さに耐えられず地面に落ちる。
     中山文香がさっき言ったように拳骨の二、三発も覚悟した。
    「こいつは……仕方ねえな……」
    「ええ、仕方ないわね……」
     そういうと二人は歩き出した。
     私はそれを呆然と眺めるしかなかった。
     すでに雨はほとんど上がっていて、空の向こうには灰色の雲をバックにうっすらと虹がかかっている。
    「おら、何やってんだ、いくぞ」
    「え……?」
    「日下部さんの、第三者の意見が入れば私たちも納得できたんだけどね、まさかその第三者が新しい候補を挙げるだなんて思ってもみなかったわ」
     二人は並んで歩き、振り返るとそう言ってきた。
    「なら食べ比べして決着つけるしかねーだろ。おめえも喧嘩売ってきたんだ。当然参加してもらうぞ。だからさっさと来い! えーと……」
    「レナさん、日下部レナさんよ。あんたねえ、自分のクラスのこぐらい全員フルネームで覚えなさいよ」
    「うっせえなー、姑かよ。おいてくぞ、レナ! 早くしろ」
     このときの私は何も考えられなくて、ただ早くしろといわれたから駆け足で二人に追いつき、その真ん中を歩いた。
    「そういやまだツラ突きつけての自己紹介はまだだったな。オレは中山文香。まあ文香って呼んでくれ」
    「私は鞍馬凛。私も凛でいいわよ。もっとも、そう呼ぶのは文香ぐらいだけどね」
    「文香……ちゃん……凛……ちゃん……」
     私は始めて言葉を覚えた赤子のように二人の名前を繰り返すことしかできなかった。
    「おいおい、文香ちゃんって、お前。こっ恥ずかしいだろ、レナよ」
    「ご、ごめんなさい……!」
     顔を中山文香に覗き込まれて思わず首をすくめてしまった。
    「いいじゃない、文香。日下部さんらしい呼びかただと思うわよ」
     そういって微笑む凛ちゃんの顔はとてもうれしそうだった。
    「あーわかった、わかったよ。ちゃん付けなんて親戚連中とレナだけだからな、特別だぞ?」
     照れくさそうに髪を掻く文香ちゃんの顔は雨上がりの日光を受けてキラキラと輝いていた。
    「うん………………」
     あれ……?
     おかしいな……どうしてだろう……。
     長い間流したことのなかった目からあふれる水滴を抑えることができない。
    「おわっ! レナ! 何泣いてんだよ! 泣くぐらい腹減ったのか?」
    「あんたが脅すからおびえたんでしょ? ほら、日下部さん、山猿から逃げるわよ」
     そう言って凛ちゃんは私の腕を取って走り出した。凛ちゃんの手のひらが触れる腕がとても温かかった。
    「ふざけんな! 凛! レナ? 本当か? 怖かったのか? だったらお姉さん謝るよ~許してくれよ~」
     しばらく走った後、追いついてきた文香ちゃんがそう言って私の頭を撫でてくれた。文香ちゃんの手のひらが触れた頭がとても温かかった。
     それからコトブキヤで交換し合いながら食べたケーキの味も、そのとき交わした会話も、あまり覚えていない。きっと有頂天になってしまって大事な初めての思い出を記憶しておくことすら私は忘れてしまったのだ。
     この日から私の毎日は輝いた。

     レナは飛び移ったクサカベ第二ビルの地下室に逃れていた。
     そこはもともと倉庫として使われていた部屋でビル自体が使われなくなってからずっと放置されていたため、埃とカビの臭いでとても人がいられるような場所ではなくなっていた。
     そんなごみだめの中で、レナは人形のミーナをただただ抱きしめて震えるばかりだった。
     ここでこうして身を小さくしてすべてが過ぎ去ることをただ祈るしかない。
     そうだ、簡単なことだ。
     だって小さな頃からしてきたことなのだから。
     両親や学校の友人、先生からの非難を受けるたびにレナはただ大人しくそれらが過ぎ去るのを待っていた。
     それと同じように凛と鬼姫が過ぎ去ることを待っていればいいだけのこと。
     そしてまた単調で何の味も色彩もない毎日を繰り返せばいい。
     昔のレナならそれができた。
     なぜなら一度も楽しい毎日を送ったことがなかったから。
     世界は灰色であり、そこにあるのは苦痛だけであり、その中で耐えることだけが人生だったから。
     しかし、今のレナにそれはできない。
     色鮮やかで、楽しいこと嬉しいこと愛しいことにあふれた世界をレナは知ってしまった。
     凛と文香に出会ってからは楽しくてしかたがなかった。
     時折自分をいじめる輩も現れたが、そのときは必ず文香がおよそ非人道的といっていいほどの暴力を行使して、凛がおよそ不法といい方法で相手を恐喝して、自分を守ってくれた。
     三人でたわいもない話で盛り上がり、文香にからかわれ、凛に慰められ、そんな二人に囲まれて笑うことができた。
     とてもすばらしい日々。
     そしてそんなすばらしい日々をくれた二人に出会うよりさらにその前から、レナは恋をしていた。
     それは本当に些細な出来事で、おそらく相手は覚えてすらいない。
     廊下で級友たちにわざと脚を引っ掛けられかばんの中身をすべて出してしまい、いつものように無表情で拾っていたときになんの気まぐれか荷物を一緒に拾ってくれた少年。
     初めての体験にお礼を言うことすらできなかったことを今でも覚えている。
     クラスも違う、名前も知らなかった彼のことを意識するようになり、自然と廊下で彼の姿を見つけると目で追いかけてしまうようになり、凛と文香と話すようになってそれが恋心なのだと初めて理解してからの毎日のなんと輝かしいことか。
     ただ、レナはそんな輝かしい毎日をさらに輝かせたかっただけだったのに。
     どうして今、私は、大好きな凛ちゃんに追われているのだろう?
     いつどこで何を間違えたのだろう?
     どうして私は人を――――――
     地下へと下りる階段に足音が響いた。
     全身の毛を逆立てるように身をこわばらせてレナは息を殺した。
     その足音はとてもゆっくりで、死神が自分を迎えに来たのだと錯覚するほどの恐怖を感じた。
     もう、自分を守る人形は一体もない。
     あるのは、この腕に抱かれたミーナだけだ。
     足音はついに地下室の入り口に到達した。
     最初から開け放たれた入り口に小さな光球をはべらせた大好きな友人の姿を見つける。
     もう、逃げられない。
     レナには最初からわかっていたことなのかもしれない。凛と自分の人形が始めて遭遇してしまったあの日から、いつかこうなることを予感していた。
     でもそんな暗い未来を認めたくなくて、それをただ否定するためだけにここまで子供のように駄々をこねて逃げ回っていただけなのかもしれない。
    「日下部レナ、投降しなさい」
     地下室に響く朗々たる審判の声。
     それを前にしてレナの震えは不思議と治まっていた。
    「凛ちゃんって意外に暇なんだね……わざわざこんなところまで私なんかを追いかけてきて……」
     それどころか頬には微笑みすらうっすらと浮かんでいる。
    「凛ちゃんはいいよね……なんでもあるんだ……才能も美貌も愛しい人もそれにあんなに立派なお人形ももってる……鬼姫さん、だっけ……? いざとなれば彼女にお願いしてなにもかもなかったことにできるもんね……こんなにたくさんのものを持ってる凛ちゃんなんかに私なんか……」
    「関係ないわ」
     レナの呪いの言葉はしかし凛の短い一言によって封殺される。
     凛は一歩ごみだめの中へと脚を踏み入れた。
    「私がどれだけ多くのものを持っていても関係ない。今ここにいるのは学校で優等生をやってる、日下部レナの知ってる鞍馬凛じゃない」
     そう。
     はるか昔に立てた誓い。
     その誓いの前において、凛は世界のあらゆるものを失い、代わりにたった一条の鎖を手に入れる。
     脚は確実に凛をレナのもとへと運ぶ。
    「私は魔術師鞍馬凛。私の目的はたった一つ。あなたを無力化して捕縛すること。それ以外は必要ない。興味がない」
     その目にあるは年頃の少女の輝きではなく、常に死と隣り合わせの中で生きてきたもの特有の鈍い瞬き。
    「来るな……」
     レナはもう逃げられないことを悟りながらそれでもなお抵抗しようと必死に自分の心の中のものを吐き出そうとする。
    「来るな……! あの人が好きなの……! あの人だけは、あの人だけはっ……誰にも渡さない!!! 来るなああああああああああああああああああああああ!!!」
     凛の進軍を塞ぐようにレナを中心として魔力の渦が巻き起こる。それはもはや魔術と呼べるような代物ではなく魔力の暴走に他ならない。
     そんな中でミーナの目だけが爛々と輝いている。
     部屋の中にあった机や段ボール箱が渦に巻き込まれて部屋の中を乱舞する。
     凛はそれら凶器と貸した飛来物を踊るようなステップでかいくぐる。
     魔力を暴走させるレナも凛のその姿をああ、綺麗だなと思った。
     もはや両者の距離は手の届くところ。
     凛の腕が伸ばされる。
     おそらく自分も人形と同じように焼き払われるのだろう。
     レナはゆっくりと瞼を閉じた。
     しかし一向にわが身を燃やす灼熱はなく、わが身を突き抜ける電流はない。
     変わりに、凛はミーナをレナの腕の中から弾き飛ばし、精一杯の力でレナに抱きついた。
     ミーナは地面に転がり、レナも凛に覆いかぶされるように仰向けに倒れた。
     凛の腕はレナがミーナを抱くときのすがるような力ではなく、ただ暖かく優しい力にあふれていた。
    「私は魔術師鞍馬凛。だから、私はこの鞍馬の地に災厄を招いた日下部レナを罰します」
     耳元で囁かれる声は相変わらず冷たく厳然としている。
     しかしここにきて初めてレナは気づいた。
     凛の声は確かに冷たいが、泣いているように震えていると。
     もしかして、最初から?
    「けど……レナ……私はまたあんたと……コトブキヤのケーキを食べたいな……」
     ああ……
     なんて甘っちょろいのだろう……
     魔術師がそんなことをいっていいのだろうか?
     自分で言ったではないか。
     自分には何もないと。
     ただ魔術師という称号だけしかないのだと。
     そんなことでは私みたいな半端者を捕まえられてももっとすごいものがきたときどうするのか。
     しかしレナの口から漏れた言葉は――
    「…………ごめん……」
     目に宿るは少女の輝き。
     そこには暗い闇の色などかけらほどもなく、その瞳からあふれる水滴は無限の闇の中にあってなお輝いた。
    「ごめんね……凛ちゃん……ごめんね……」
     レナはあふれる涙をこらえることができなかった。
     そして一粒涙を流すたびに思う。
     こんな風に子供みたいに泣くのはこれだけにしよう。
     凛は魔術師として私を捕らえようと迫り、そして私を友達として救おうと、このきつく巻かれた腕を伸ばしてくれたはずだから。
    「私……本当は……う……こんなつもりじゃ……なかった……」
     レナの嗚咽が響く部屋は、すでに魔力の暴走もなくただレナの懺悔だけが響く。
    「私ね……本当にうれしかった……凛ちゃんと文香ちゃんに出会えて……毎日が……それまでとは比べ物にならないくらい輝いて……私は……ただ……それをもっと……輝かせたかっただけなのに……」
     レナは生まれて初めて毎日に意味があって、幸せとは何か、喜びとは何か、楽しみとは何かを知った。
     そして知ってしまったからこそ欲が出てしまった。
     今幸せなのならこれよりもっとすごい幸せがあるんじゃないか。人間ならみんなが当然に思いつく帰結に至り、レナはしてはならない手段をとってしまった。
    「どうすれば……もっと幸せになるんだろうって……毎日考えて……そうしたら……ミーナが教えてくれたの……」
     ある日突然、部屋の中にいたときに少女の笑い声が聞こえた。
     それは親戚のおじ様からいただいたお気に入りの人形だったミーナから発せられていた。
     その目は赤く明滅し、それにあわせて笑い声が響いた。
    「最初は……嫌だった……でも、動く人形が増えたとき、友達が増えたみたいで嬉しかった……凛ちゃんと文香ちゃん以外の友達を、自分の手で作ることができて嬉しかった……」
     凛は黙ってレナの独白を聞いていた。
     それが彼女にできる唯一の慰めであるかのように。
    「でも……でも……もうやだ……もうやだよ……凛ちゃん……私……人を殺したくな――――」
     そこでレナの体がびくりと跳ね上がった。
     目は焦点が合っておらず、苦しそうに口をパクパクと動かしている。その全身を赤くどす黒い魔力が覆い、心臓のように脈打っている。
     そして、その脈動が一段と強くなった瞬間。
     凛は天井に向かって弾き飛ばされ、激しく叩きつけられた。肉体強化を怠っていれば、今の一撃で確実に肉塊に変えられている。
     力の拘束がなくなると、自然落下して今度は地面に叩きつけられる。肺から空気を押し出されて、苦しそうに咳き込んだ。
     見るとレナは宙に浮かび、操り人形のように虚ろな表情をしている。
     その目には輝きも、闇の色も何も映らない。
     レナの向こうに、レナを包む魔力と同じ色をした光があった。
     それはミーナの双眸。
     自力で立ち上がったミーナの口から少女の忍び笑いが漏れてくる。
     それは一人のもではなく何人もの少女が輪唱しているようだった。
     その笑い声の中に時折、耳障りな雑音が混じる。
     コロセ………………
     その雑音はだんだんとその感覚を狭め、音量を大きくしていく。
     くすくす……クスクス……くすくす……クスクス……
     コロセ……コロセ……コロセ……コロセ……
     部屋に響く忍び笑いとコロセという言葉の連鎖。
     凛は頭を振って体を起こし、ミーナを見据える。
    「なるほど、わかりやすい結末ね……あんたが黒幕ってわけね……はっ、あんたがどういう経緯でレナの元に来たか知らないけど……落ちとしてはB級映画ね。しかも下の下もいいところだわ」
     身を低くかがめる。
     それは肉食獣のものと同じ。
     すぐにでも、相手の喉笛に己が牙をつきたてるために。
    「悪いけど、私お人形遊びは趣味じゃないの。返してもらうわよ、レナも秀人も!」
     凛が走る。
     それに応えてミーナが背中からその身に余る豪華な短剣を取り出す。
     走りざまの凛の蹴りをよけ、ミーナは伸びきった脚を切断しようと短剣を振り下ろす。
     これを持ち前の反射神経で脚を引っ込めるとすぐに第二撃を繰り出す。
     これも空振りに終わると両者一度その距離を置き対峙する。
     そして互いの呼吸を計り、同時に前に出る。
     今度はミーナからの先制攻撃。
     人形であるミーナと生身の人間である凛ではそのリーチに大きな差があるものの、代わりにミーナには俊敏な動きがある。懐にもぐりこまれたが最後、一突きで心臓をえぐられかねない。
     凛はあくまで自分が有利な距離を保とうとする。
     ミーナはそれを崩そうと短剣を振るう。
     ミーナの体が短剣を薙いだ瞬間の重みに耐えられず、一瞬よろめいたその瞬間を見逃さずに凛はミーナ頭部を蹴り飛ばす。ミーナの体は人形の見た目からは考えられない、生身の人間を蹴ったときのような重みがあった。
     しかしそれでも体格差ゆえに、ミーナは大きく吹き飛ばされ壁に激突して止まった。
     凛はこの好機を逃すまいと壁に向かって走り出す。
     しかしミーナの双眸がギラリと赤く光ると、レナの口からこの世のものとは思えない不快な音が漏れた。
    「キィィイイィィィイイイイィィィイイイィィィィイイイィィィァァヤアアァァァアアアアァァァァアアァァァァアァァァァァ――――――」
     再び、レナの体から魔力の暴走によって生まれた渦が生まれた。
     しかも今度は先ほどの渦とは桁違いの暴力を振るっている。おそらく先ほどの暴走はあくまでレナの意思によって誘発されたものであってレナの体への負担はできるだけかからないように無意識にストップがかかっていたのであろう。
     しかし今回はそのストッパーは無理やりにはずして全魔力を、それこそ命を削って放出している。
     こんなことをいつまでもさせていたらレナが絶命しかねない。
     渦の力でバランスを崩しながらも凛は全力を力を持って疾走した。部屋の中を飛び交う無数の障害物をあるものはよけ、あるものは焼き払い、あるものは電流を流してそらし、あるものは肉体強化した体を信じて耐える。
     見据えるのは赤い双眸を光らせる人形のみ。
     そしてあと残り数歩というところで横合いから大きな机がすさまじい運動エネルギーを伴って飛来する。
     そのタイミングを生かしてミーナは持っていた短剣を凛に向かって投擲する。
     絶妙のタイミングと位置。
     机と短剣、どちらがあたっても凛は行動不能となる。
     しかもどちらか一方を塞げば必ずどちらかが当たるというタイミング。
     これはまさしく必殺の一撃。
     あるいはこの瞬間に机が飛んでくるようにこの人形は計算して魔力の渦を操っていたのかもしれない。
     しかし、この人形は大事なことを忘れている。
     今目の前にいる魔術師は本来自分から肉弾戦を挑む戦いをしない人種だ。
     その後ろには強力な相棒がいる。
    「姫ええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
    「騒がしいわ、小娘」
     何の前触れもなくまるで最初からそこにいたかのように鬼姫が凛の頭上にその姿を現した。
     そして頭上に構えた両手を振り下ろすと、凛、姫、レナを除く、魔力を含めたあらゆるものが不可視の力によって地下室の地面に叩きつけられる。
     それは短剣と机も例外に含まれず、必殺の一撃は鬼姫の登場というたった一つの現象によって打ち砕かれる。
    「貴様は式神などではない」
     あらゆるものを押さえつけたまま姫は人形姫を見下して口を開いた。
    「式神とは傀儡ではなく応えるもの、まして主人を取り込むなど言語道断じゃ!」
     淀みなく、ミーナへと走り寄った凛はあごを蹴り上げてその体を自分の胸の高さまで持ち上げる。
     そして、凛はミーナの頭部を鷲?みにするとゴッと鈍い音を立てて壁に叩きつけた。
    「『機関』よりこの地の管理を任されたものとして、また古(いにしえ)よりこの地の守護を預かる鞍馬の魔術師としてお前を排除します!」
     朗々と告げた後、凛はもう一度ミーナの頭部を壁に叩きつける。
    「そして何よりも……私の大事な友人を二人も傷つけたツケはきっちり、払ってもらうわよ!」
     ミーナの頭を掴む手にはめられた黒い手袋が真っ赤に発熱し、それを超えて白く輝く。
    「燃え尽きろ!!!!」
     あまりの熱量に真っ白になる地下室。
     その爆発は姫が述べたとおり、最も美しかった。
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