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  • 2000.01.07
  • 式神~第一章~①

    「好きです、付き合ってください」 
     放課後、昇降口にある自分の下駄箱を開け、その中にあった淡い色の封筒を見たときからこんなセリフを聞かされることを凛は理解していた。
     今時ラブレターなんて珍しいな、と感心しながら、封筒の中に入っていた手紙の指示通り四時きっかりに彼女が指定場所である裏庭の木材置き場に来たときには、すでに手紙の書き手がそこで緊張しながら待っていた。
     相手は同学年の沢村君。下の名前までは覚えていない。凛とはクラスが違うのだから当然といえば当然だった。
    「こんにちは、どうしたの? こんなところに呼び出したりなんかして」
     凛がそうとぼけた様子で沢村君に声をかけながら近づき、一メートルの距離を置いて立ち止まると、沢村君は意を決して冒頭のようにストレートな告白を凛に投げかけた。
     容姿端麗、というわけではないがバスケ部でそこそこの活躍をみせる彼のファンは意外に多く、友人の一人であり、男性の批評に辛い文香も彼のことは高得点を与えていたと記憶している。
     しかし、凛の答えはいつも決まっていた。
    「ごめんなさい。私今誰かとお付き合いするつもりはないんです。気持ちは嬉しいんだけど……」
     凛にとって、こうして求愛を求めてきた男性を振るのは高校に入った三ヶ月の間に実に十四人目だった。
     その間にいろんな噂が飛び交い、凛に告白するような輩は最近少しだけ減ったはずだったのだが……。
     沢村君は自分の一世一代の告白があっという間に散ったことに茫然自失といった風で佇んでいた。しかし、はっと意識を取り戻すとなんとか凛の気持ちを自分に傾ようと口を開きかけた。    
     そのとき、
    「お話はそれだけかしら? 私ちょっと家庭の用事があるからこれで失礼するわね」
     相手が声を発する前にくるりと踵を返すと凛は木材置き場から去っていった。
     沢村君はその取り付くしまのない様子に再び呆然と凛を見送ることしかできず、前に出した手が空しく虚空を掻く。
     そんな彼の様子を背中に感じながら、凛の胸中は穏やかではなかった。
     先ほどからイライラする高笑いが頭の中に響いて頭が痛くなっている。
     いつもこうだ。
     この三ヶ月、異性から告白されること自体を煩わしく思ったことはないが、その直後に必ず湧き上がるこの笑い声のせいで告白されることがひどく億劫になっていた。
     それももうすぐ夏休みを向かえ、新学期になり、凛が誰とも付き合う意思がないと学校に浸透すれば告白騒ぎも治まるだろうとは思う。
     しかし、今こうして頭を叩くように響く笑い声には我慢がならなかった。
     凛はいつもの美しい微笑を崩さぬよう最大の注意を払いながら校門をくぐり一路、自宅への歩を早める。
     早くこの高笑いをやめさせないと。
     その焦りをさらに見下すような笑いが響くのを、凛は止めることができなかった。

     鞍馬家は昔、このあたりの豪族として栄えた時代があった。今でこそ実質的な権力からは遠ざかってしまったが未だにこの土地の有力者に対するある程度の影響力を残している。
     屋敷は和洋折衷というか、本館は見事なゴシック様式の洋館であるが裏にある離れとその周りの裏庭は純和風の庵となっている。
     鞍馬凛は自宅の無駄に大きな門の脇にある、通用門の鍵を開けると屋敷までの短いながらも立派な小道を半ば走るように屋敷へと進んだ。屋敷の扉の前まで来てやっと一息つくと屋敷の二階にある自室へと駆け込み、中で一気に制服を脱ぎ捨てると、いつもの私服に袖を通す。
     凛は着替えを終えるとすぐさま部屋を飛び出して離れの庵へと向かった。
     未だに笑い声は頭の中でがんがんと響き、むしろ庵に近づくにつれて強くなっていく。
     庵の入り口の引き戸を開け、一番奥の襖の前まで何枚もの襖を乱暴に開け放ちながら来ると両側に向かってスパンと小気味よい音を立ててふすまを開いた。
    「うるさい! その笑い声やめなさい!」
     部屋の中には一組の男女がいた。
     一人は幼いころから見知った顔。
     もう一人は見たくもない最近知り合ってしまった顔。
    「くくく……さすがは鞍馬の血を引き継ぐ女じゃ……男を誑かすのは得意と見える……」
    「おかえり、凛。今日もお邪魔してるよ」
     よく見知った顔は女の顔をしていた。
     凛のそれよりもさらに長い黒髪、反面、肌は病的なまでに白く、唇は血に濡れたように真っ赤だった。全身を覆う着物をけだるげに着崩したそのふしだらな様子は昔の花魁を彷彿とさせる。
    「うるさい! 人の精一杯の告白を笑うだなんて悪趣味もいいとこよ!」
    「まあまあ、姫に言っても仕方ないよ。それより、凛も紅茶飲むかい?」
     そういいながらその青年は姫が差し出したカップに熱い紅茶を注いだ。
     七月だというのにこの部屋は異様なまでに涼しい。この庵は年中こうなのだ。完全に外の世界のから切り離されている。
    「大体、あんたはなんでここにいるの? 言ったはずよ、この屋敷の敷地には入ってこないでって」
     凛は普段学校でかぶっている容姿端麗才色兼備な優等生の仮面を引き剥がし、敵意をむき出しで青年を見据えた。
    「何を言っておる、秀人は妾の客人じゃ。主(ぬし)にそれを拒む権利はない」
    「ここは鞍馬の敷地です。いくら姫が秀人にご執心でも今この家の当主は私です。敷地にいる人間を選ぶ権利は当主たる私にあります」
     凛の言葉はいつも以上に棘のあるものだった。
     せっかくの告白を笑われたこと、ここ数日の調査の結果が芳しくないこと、ここのところ、秀人が毎日のように姫に会いにくること……これらすべてが気に入らなかった。
    「ふん、小娘が……主(ぬし)の不愉快を妾に向けるでない」
     姫と呼ばれた美女は凛を見下すような視線を送りながら、畳の上におかれた古めかしい椅子の上で足を組み替えた。
     足を組み替えた瞬間、着物の隙間から見える艶かしい美脚に普通の男性なら目が釘付けになろうものだが、秀人と呼ばれた青年はまるで意に介さず、自分のカップに紅茶を注いで、胸焼けがするような量の砂糖とミルクを注いでから紅茶をすすった。
    「大体、殺人鬼の調査はどうなった? 昨日も何の成果も挙げられなかったようじゃが?」
     姫の言葉は凛の心を逆なでしたが、事実、進展していないために言い返すことができない。
    「……今は進展してないけど、すぐに何とかなるわよ。少なくとも一昨日の現場から魔術の痕跡が見つかったんだもの。その解析が進めば犯人はすぐ割れるわ」
     凛は腕を組むとせめてもの誤魔化しにふいと顔をそらした。
     ここ、C市では今不穏な空気が流れていた。
     先月六月の半ばから、深夜の猟奇殺人が横行しているのである。
     今は七月の九日。
     三週間ほどの間にすでに七人もの人間が殺されている。
     普通の殺人事件ならばとっくに犯人は捕まっているはずなのだ。この国の警察の情報網と捜査能力は決して他の先進国に引けをとらない。しかしその捜査網に犯人が引っかかるどころか浮かび上がりすらしないところにこの事件の異様さがあった。
     犯行はかなり派手なものでひどいときには小学校のグラウンド一面に血がぶちまけられていたこともあった。にもかかわらず、目撃者も証拠になるようなものもまったく見つかっていない。
     捜査は一向に進展せず、ただ被害者だけが定期的に増えていった。
     この状況に地元警察だけでなく警視庁から派遣された刑事たちもお手上げの中、鞍馬家は「上」からの命令で動くことになった。
     そうして凛が調査を始めて一週間、その間に七人目の被害者が出たのだが、凛は運よく、警察が踏み込む前にその現場で独自の調査を行うことができた。すでに加害者は姿を消しており、物的証拠も見当たらなかったが、魔術師である凛はそこに魔術による痕跡を発見することに成功した。
    「技術部からの報告さえ受ければすぐにでも犯人を押さえることができるわ」
    「それは僥倖。しかしその間に新たな被害者がでては元も子もないと思ってしまうのは妾(わらわ)が性急な性分ゆえかのう」
     凛は再びくりと体を強張らせた。
     新たな被害者が出る。
     凛はそんな状況を望んでいるわけでは決してない。
     早くこの状況を打開して平穏な生活が戻ってくることを望んでいる。少なくとも、魔術になんのかかわりのない一般人が魔術の手によって死ぬという状況だけは避けたかった。
     姫はそんな凛の心の機微を知っている。互いの心が一部リンクしているから、というわけだけではない。
     凛がまだ幼く何も知らない頃から一緒にいたのだ。長い年月の間、凛の成長を見続けてきた姫にとって今の凛の心象風景を理解することは雲をつかむよりはるかに容易なことだった。
     だが、それを知っていてなお姫は辛辣な言葉を凛に向けた。
    「でわ、妾(わらわ)達はその技術部の報告とやらをのんびりと紅茶を飲みながら待つとしようかの」
     凛はキッっと襲い掛かからんばかりの敵意をむき出しで姫をにらみつけた。組まれていた腕に食い込む指先はかすかに震えている。
    「……少し寝るわ、ごきげんよう」
     凛はそういって荒々しく離れから飛びだすと本宅のほうへ走るように去っていった。
     庵にはそんな嵐の後にもまるで堪えた風もなく優雅にカップに口をつける姫と凛が出て生き際に盛大にこぼした紅茶を拭く秀人の姿があった。
     凛がいなくなると離れはひどく静かで再び時間が止まった様な世界に戻ってしまう。
    「意地悪ですね。凛が一生懸命なのは知ってるくせに」
     静寂の中で響く非難ともからかいとも取れるような秀人の声に、姫はひどく妖艶な笑みを浮かべて応えた。
    「あれは爆発するその瞬間が最も美しい。全ては愛ゆえじゃ」

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    式神 第五章 逢魔 式神 第五章 逢魔
    式神 第五章 逢魔 式神 第六章 凛

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