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  • 2000.01.07
  • 式神~第一章~⑤

     その日はひどい雨だった。
     私はいつものようにただ淡々と日々を消化していた。
     中学生の頃のようなあからさまないじめはなかったものの、高校に入ってから誰かと仲良くしようとしない私に対するみんなの対応は無視だった。それは意識的に無視しているのではなく、声をかけたりしてもまるで反応を示さない私にみんなが興味を失ったからだった。
     それでいいと思う。
     興味を持って接してくれてもどうせまたいつかみんなは私を気味悪がって遠ざけ、最悪の場合この世界から排除しようとする。
     そうなれば中学の繰り返しだ。繰り返しなのだからそれでもかまわなかったが痛い思いをしたり、服が汚れないだけ今の環境のほうがマシだ。
     ある意味、今この環境が一番幸せなのかもしれない。
     誰からも干渉されず、私も誰にも干渉しない世界。
     これが一番平和で穏やかな世界。
     喜びも楽しみも何もないけど、苦しみも痛みもない世界。
     私はきっと高校生になってやっと世界で一番幸せな世界を手に入れたのだ。
     その世界は進級した二年生になっても変わらなかった。
     クラスメイトの一部は入れ替えがあったが、結局誰も私には干渉してこない。
     これでいい、これが幸せなのだ。
    「ああ? ふざけんじゃねえぞ! ぶっ殺されてえのか!」
     いつものように昇降口に来るとそんな罵声を浴びせられた。
     思わず私は体が硬くなってしまう。幼いころから人の怒鳴り声にだけは敏感だった。私がいる場所で誰かが声を荒げたら確実にそれは私に向けられたものだから。
     昇降口の外にあるドアの向こうはどしゃぶりの雨。
     その雨景色を前にして二人の女生徒が言い争っていた。
     一目みただけでそれが誰なのかすぐわかった。
     背が高く短く髪を切りそろえてるほうが中山文香。
     長い黒髪とそれとは対照的な白い肌が目立つほうが鞍馬凛。
     どちらも有名人だ。
     中山文香は水泳部で県大会で優勝するようなスポーツ少女で、しかも他の運動部の助っ人として呼ばれてはその部の勝利に貢献するスーパースターだ。
     一方の鞍馬凛はわが校きってのお嬢様で男女問わずにすさまじい人気を誇っている。次期生徒会長だなんだともてはやされながらそれを鼻にかけない気品をもっていた。
     そんな二人が言い争いをしている現場に来るなんて予想もしていなかった。
    「殺せるものなら殺してみせなさい。その前にあんたのその機能不全の舌を引っこ抜いてあげるから」
    「上等じゃねえか、三ヶ月は学校に来れなくなるようなあざ顔中に作ってやるから覚悟しろよ」
     私はそんな二人の言い争いにまるで関心がなかった。
     確かに学校の有名人同士が言い争いをしているというのは普通なら興味をそそられるような事件なのだろうが、私に限っては違った。私の平和な何もない日常の中には彼女たちを仲裁するなどという項目は存在しない。
     さっさと上履きを履き替えて雨の中へ出て行こうとした。
     そのとき。
    「おい、お前、ちょとまて」
     私の存在に気づいた中山文香が私に声をかけてきた。
     私が立ち止まりそちらへ顔を向けると彼女はずんずんと私に向かって進んできた。
     今までいろんな人間の暴力と恐喝にあってきた私でも彼女を目の前にすると息が止まるかと思った。
     彼女の目は肉食獣のそれである。
     眼光だけですでに暴力の域に達している。
    「お前、同じクラスの日下部だったな。ちっと話がある、こっち来い」
     胸倉をつかまれ引きずるように鞍馬凛がいる場所へと連れて行かれた。
     これから学校の有名人二人にいじめられるのだろうか?
     それもいいだろう。
     普通の人にただいじめられるだけよりはいくらか有意義にこのときは感じた。
     触れればぼろぼろと砂がこぼれる校舎独特の壁に体を叩きつけられ拳銃か何かを突きつけられているような緊張感の中、中山文香は口を開いた。
    「お前、コトブキヤは知ってるな?」
     コトブキヤというのは駅前にある小さなケーキ屋のことでこのあたりのケーキ屋の中では群を抜いておいしいと評判の店だった。私の灰色の人生の中であそこのベリーベリータルトを食べることだけが最近の唯一の楽しみだった。
     私はこくりとうなづいた。
     私がコトブキヤの存在を知っていることを確認すると中山文香は重々しくその口を開いた。
    「あそこのシナモンアップルパイとスイートオブショコラ、どっちがうまいと思う?」
     思考停止――――――
     彼女が何を言っているのか理解できない。
    「スイートオブショコラよね?」
     それまで黙っていた鞍馬凛がはじめて口を開いた。
    「あの上品で丁寧に仕上げられたチョコの甘さ……すべてのバランスを完璧に計算しつくしたパティシエの英知の結晶――それをそこの山猿は理解できないらしいのよ」
     鞍馬凛の鋭い眼光が中山文香に注がれる。
    「だからてめえは甘ちゃんだってんだ、いいか? コトブキヤの命はあのフルーツだ。しかもあそこのりんごは青森でもほんの少ししか手に入らない希少種を大量入荷してる。その貴重なりんごを余すことなく楽しめるスウィーツって言や、シナモンアップルパイしかねえだろ!」
     中山文香が牙をむいて鞍馬凛に食い下がる。
    「そんなにりんごが食べたければ猿らしくその希少なりんごとやらを自分でとって食べてきなさい。もっとも、あんたみたいな薄汚い山猿が触れられるような代物だとは思わないけどね」
    「さっきから猿、猿って……ならてめえも毎日チョコ食ってろ。そしてチョコ臭い女子高生になれ。やーい、チョコお化け~」
    「……あんたみたいな知能指数の知的外生命体に同意を求めたほうが悪かったわ。ね、日下部レナさん? あなたならわかるわよね? コトブキヤの本当のよさが」
    「何脅してんだ、この性悪お嬢様。こいつは今にもシナモンアップルパイって答えようとしてんのに邪魔すんじゃねえ」
    「何よ、脅してるのはあんたのほうでしょ?うるさいったらないわね。少し黙ってくれる?」
    「てめえこそ黙れ。そのスイートオブなんとかの代わりにオレの拳骨食わせるぞ」
    「……ベリーベリータルト…………」
     目の前でヒートアップしていく二人を見ていて私は無意識につい自分が一番好きなものを口にしてしまった。
    「わ、私はベリーベリータルトが一番おいしいと思う……」
     言ってすぐに後悔した。
     なぜなら私がそういってから二人は押し黙り、その場の空気は凍り付いている。
     もしこの場所を蝶々か何かが飛んでいたらその重さに耐えられず地面に落ちる。
     中山文香がさっき言ったように拳骨の二、三発も覚悟した。
    「こいつは……仕方ねえな……」
    「ええ、仕方ないわね……」
     そういうと二人は歩き出した。
     私はそれを呆然と眺めるしかなかった。
     すでに雨はほとんど上がっていて、空の向こうには灰色の雲をバックにうっすらと虹がかかっている。
    「おら、何やってんだ、いくぞ」
    「え……?」
    「日下部さんの、第三者の意見が入れば私たちも納得できたんだけどね、まさかその第三者が新しい候補を挙げるだなんて思ってもみなかったわ」
     二人は並んで歩き、振り返るとそう言ってきた。
    「なら食べ比べして決着つけるしかねーだろ。おめえも喧嘩売ってきたんだ。当然参加してもらうぞ。だからさっさと来い! えーと……」
    「レナさん、日下部レナさんよ。あんたねえ、自分のクラスのこぐらい全員フルネームで覚えなさいよ」
    「うっせえなー、姑かよ。おいてくぞ、レナ! 早くしろ」
     このときの私は何も考えられなくて、ただ早くしろといわれたから駆け足で二人に追いつき、その真ん中を歩いた。
    「そういやまだツラ突きつけての自己紹介はまだだったな。オレは中山文香。まあ文香って呼んでくれ」
    「私は鞍馬凛。私も凛でいいわよ。もっとも、そう呼ぶのは文香ぐらいだけどね」
    「文香……ちゃん……凛……ちゃん……」
     私は始めて言葉を覚えた赤子のように二人の名前を繰り返すことしかできなかった。
    「おいおい、文香ちゃんって、お前。こっ恥ずかしいだろ、レナよ」
    「ご、ごめんなさい……!」
     顔を中山文香に覗き込まれて思わず首をすくめてしまった。
    「いいじゃない、文香。日下部さんらしい呼びかただと思うわよ」
     そういって微笑む凛ちゃんの顔はとてもうれしそうだった。
    「あーわかった、わかったよ。ちゃん付けなんて親戚連中とレナだけだからな、特別だぞ?」
     照れくさそうに髪を掻く文香ちゃんの顔は雨上がりの日光を受けてキラキラと輝いていた。
    「うん………………」
     あれ……?
     おかしいな……どうしてだろう……。
     長い間流したことのなかった目からあふれる水滴を抑えることができない。
    「おわっ! レナ! 何泣いてんだよ! 泣くぐらい腹減ったのか?」
    「あんたが脅すからおびえたんでしょ? ほら、日下部さん、山猿から逃げるわよ」
     そう言って凛ちゃんは私の腕を取って走り出した。凛ちゃんの手のひらが触れる腕がとても温かかった。
    「ふざけんな! 凛! レナ? 本当か? 怖かったのか? だったらお姉さん謝るよ~許してくれよ~」
     しばらく走った後、追いついてきた文香ちゃんがそう言って私の頭を撫でてくれた。文香ちゃんの手のひらが触れた頭がとても温かかった。
     それからコトブキヤで交換し合いながら食べたケーキの味も、そのとき交わした会話も、あまり覚えていない。きっと有頂天になってしまって大事な初めての思い出を記憶しておくことすら私は忘れてしまったのだ。
     この日から私の毎日は輝いた。

     レナは飛び移ったクサカベ第二ビルの地下室に逃れていた。
     そこはもともと倉庫として使われていた部屋でビル自体が使われなくなってからずっと放置されていたため、埃とカビの臭いでとても人がいられるような場所ではなくなっていた。
     そんなごみだめの中で、レナは人形のミーナをただただ抱きしめて震えるばかりだった。
     ここでこうして身を小さくしてすべてが過ぎ去ることをただ祈るしかない。
     そうだ、簡単なことだ。
     だって小さな頃からしてきたことなのだから。
     両親や学校の友人、先生からの非難を受けるたびにレナはただ大人しくそれらが過ぎ去るのを待っていた。
     それと同じように凛と鬼姫が過ぎ去ることを待っていればいいだけのこと。
     そしてまた単調で何の味も色彩もない毎日を繰り返せばいい。
     昔のレナならそれができた。
     なぜなら一度も楽しい毎日を送ったことがなかったから。
     世界は灰色であり、そこにあるのは苦痛だけであり、その中で耐えることだけが人生だったから。
     しかし、今のレナにそれはできない。
     色鮮やかで、楽しいこと嬉しいこと愛しいことにあふれた世界をレナは知ってしまった。
     凛と文香に出会ってからは楽しくてしかたがなかった。
     時折自分をいじめる輩も現れたが、そのときは必ず文香がおよそ非人道的といっていいほどの暴力を行使して、凛がおよそ不法といい方法で相手を恐喝して、自分を守ってくれた。
     三人でたわいもない話で盛り上がり、文香にからかわれ、凛に慰められ、そんな二人に囲まれて笑うことができた。
     とてもすばらしい日々。
     そしてそんなすばらしい日々をくれた二人に出会うよりさらにその前から、レナは恋をしていた。
     それは本当に些細な出来事で、おそらく相手は覚えてすらいない。
     廊下で級友たちにわざと脚を引っ掛けられかばんの中身をすべて出してしまい、いつものように無表情で拾っていたときになんの気まぐれか荷物を一緒に拾ってくれた少年。
     初めての体験にお礼を言うことすらできなかったことを今でも覚えている。
     クラスも違う、名前も知らなかった彼のことを意識するようになり、自然と廊下で彼の姿を見つけると目で追いかけてしまうようになり、凛と文香と話すようになってそれが恋心なのだと初めて理解してからの毎日のなんと輝かしいことか。
     ただ、レナはそんな輝かしい毎日をさらに輝かせたかっただけだったのに。
     どうして今、私は、大好きな凛ちゃんに追われているのだろう?
     いつどこで何を間違えたのだろう?
     どうして私は人を――――――
     地下へと下りる階段に足音が響いた。
     全身の毛を逆立てるように身をこわばらせてレナは息を殺した。
     その足音はとてもゆっくりで、死神が自分を迎えに来たのだと錯覚するほどの恐怖を感じた。
     もう、自分を守る人形は一体もない。
     あるのは、この腕に抱かれたミーナだけだ。
     足音はついに地下室の入り口に到達した。
     最初から開け放たれた入り口に小さな光球をはべらせた大好きな友人の姿を見つける。
     もう、逃げられない。
     レナには最初からわかっていたことなのかもしれない。凛と自分の人形が始めて遭遇してしまったあの日から、いつかこうなることを予感していた。
     でもそんな暗い未来を認めたくなくて、それをただ否定するためだけにここまで子供のように駄々をこねて逃げ回っていただけなのかもしれない。
    「日下部レナ、投降しなさい」
     地下室に響く朗々たる審判の声。
     それを前にしてレナの震えは不思議と治まっていた。
    「凛ちゃんって意外に暇なんだね……わざわざこんなところまで私なんかを追いかけてきて……」
     それどころか頬には微笑みすらうっすらと浮かんでいる。
    「凛ちゃんはいいよね……なんでもあるんだ……才能も美貌も愛しい人もそれにあんなに立派なお人形ももってる……鬼姫さん、だっけ……? いざとなれば彼女にお願いしてなにもかもなかったことにできるもんね……こんなにたくさんのものを持ってる凛ちゃんなんかに私なんか……」
    「関係ないわ」
     レナの呪いの言葉はしかし凛の短い一言によって封殺される。
     凛は一歩ごみだめの中へと脚を踏み入れた。
    「私がどれだけ多くのものを持っていても関係ない。今ここにいるのは学校で優等生をやってる、日下部レナの知ってる鞍馬凛じゃない」
     そう。
     はるか昔に立てた誓い。
     その誓いの前において、凛は世界のあらゆるものを失い、代わりにたった一条の鎖を手に入れる。
     脚は確実に凛をレナのもとへと運ぶ。
    「私は魔術師鞍馬凛。私の目的はたった一つ。あなたを無力化して捕縛すること。それ以外は必要ない。興味がない」
     その目にあるは年頃の少女の輝きではなく、常に死と隣り合わせの中で生きてきたもの特有の鈍い瞬き。
    「来るな……」
     レナはもう逃げられないことを悟りながらそれでもなお抵抗しようと必死に自分の心の中のものを吐き出そうとする。
    「来るな……! あの人が好きなの……! あの人だけは、あの人だけはっ……誰にも渡さない!!! 来るなああああああああああああああああああああああ!!!」
     凛の進軍を塞ぐようにレナを中心として魔力の渦が巻き起こる。それはもはや魔術と呼べるような代物ではなく魔力の暴走に他ならない。
     そんな中でミーナの目だけが爛々と輝いている。
     部屋の中にあった机や段ボール箱が渦に巻き込まれて部屋の中を乱舞する。
     凛はそれら凶器と貸した飛来物を踊るようなステップでかいくぐる。
     魔力を暴走させるレナも凛のその姿をああ、綺麗だなと思った。
     もはや両者の距離は手の届くところ。
     凛の腕が伸ばされる。
     おそらく自分も人形と同じように焼き払われるのだろう。
     レナはゆっくりと瞼を閉じた。
     しかし一向にわが身を燃やす灼熱はなく、わが身を突き抜ける電流はない。
     変わりに、凛はミーナをレナの腕の中から弾き飛ばし、精一杯の力でレナに抱きついた。
     ミーナは地面に転がり、レナも凛に覆いかぶされるように仰向けに倒れた。
     凛の腕はレナがミーナを抱くときのすがるような力ではなく、ただ暖かく優しい力にあふれていた。
    「私は魔術師鞍馬凛。だから、私はこの鞍馬の地に災厄を招いた日下部レナを罰します」
     耳元で囁かれる声は相変わらず冷たく厳然としている。
     しかしここにきて初めてレナは気づいた。
     凛の声は確かに冷たいが、泣いているように震えていると。
     もしかして、最初から?
    「けど……レナ……私はまたあんたと……コトブキヤのケーキを食べたいな……」
     ああ……
     なんて甘っちょろいのだろう……
     魔術師がそんなことをいっていいのだろうか?
     自分で言ったではないか。
     自分には何もないと。
     ただ魔術師という称号だけしかないのだと。
     そんなことでは私みたいな半端者を捕まえられてももっとすごいものがきたときどうするのか。
     しかしレナの口から漏れた言葉は――
    「…………ごめん……」
     目に宿るは少女の輝き。
     そこには暗い闇の色などかけらほどもなく、その瞳からあふれる水滴は無限の闇の中にあってなお輝いた。
    「ごめんね……凛ちゃん……ごめんね……」
     レナはあふれる涙をこらえることができなかった。
     そして一粒涙を流すたびに思う。
     こんな風に子供みたいに泣くのはこれだけにしよう。
     凛は魔術師として私を捕らえようと迫り、そして私を友達として救おうと、このきつく巻かれた腕を伸ばしてくれたはずだから。
    「私……本当は……う……こんなつもりじゃ……なかった……」
     レナの嗚咽が響く部屋は、すでに魔力の暴走もなくただレナの懺悔だけが響く。
    「私ね……本当にうれしかった……凛ちゃんと文香ちゃんに出会えて……毎日が……それまでとは比べ物にならないくらい輝いて……私は……ただ……それをもっと……輝かせたかっただけなのに……」
     レナは生まれて初めて毎日に意味があって、幸せとは何か、喜びとは何か、楽しみとは何かを知った。
     そして知ってしまったからこそ欲が出てしまった。
     今幸せなのならこれよりもっとすごい幸せがあるんじゃないか。人間ならみんなが当然に思いつく帰結に至り、レナはしてはならない手段をとってしまった。
    「どうすれば……もっと幸せになるんだろうって……毎日考えて……そうしたら……ミーナが教えてくれたの……」
     ある日突然、部屋の中にいたときに少女の笑い声が聞こえた。
     それは親戚のおじ様からいただいたお気に入りの人形だったミーナから発せられていた。
     その目は赤く明滅し、それにあわせて笑い声が響いた。
    「最初は……嫌だった……でも、動く人形が増えたとき、友達が増えたみたいで嬉しかった……凛ちゃんと文香ちゃん以外の友達を、自分の手で作ることができて嬉しかった……」
     凛は黙ってレナの独白を聞いていた。
     それが彼女にできる唯一の慰めであるかのように。
    「でも……でも……もうやだ……もうやだよ……凛ちゃん……私……人を殺したくな――――」
     そこでレナの体がびくりと跳ね上がった。
     目は焦点が合っておらず、苦しそうに口をパクパクと動かしている。その全身を赤くどす黒い魔力が覆い、心臓のように脈打っている。
     そして、その脈動が一段と強くなった瞬間。
     凛は天井に向かって弾き飛ばされ、激しく叩きつけられた。肉体強化を怠っていれば、今の一撃で確実に肉塊に変えられている。
     力の拘束がなくなると、自然落下して今度は地面に叩きつけられる。肺から空気を押し出されて、苦しそうに咳き込んだ。
     見るとレナは宙に浮かび、操り人形のように虚ろな表情をしている。
     その目には輝きも、闇の色も何も映らない。
     レナの向こうに、レナを包む魔力と同じ色をした光があった。
     それはミーナの双眸。
     自力で立ち上がったミーナの口から少女の忍び笑いが漏れてくる。
     それは一人のもではなく何人もの少女が輪唱しているようだった。
     その笑い声の中に時折、耳障りな雑音が混じる。
     コロセ………………
     その雑音はだんだんとその感覚を狭め、音量を大きくしていく。
     くすくす……クスクス……くすくす……クスクス……
     コロセ……コロセ……コロセ……コロセ……
     部屋に響く忍び笑いとコロセという言葉の連鎖。
     凛は頭を振って体を起こし、ミーナを見据える。
    「なるほど、わかりやすい結末ね……あんたが黒幕ってわけね……はっ、あんたがどういう経緯でレナの元に来たか知らないけど……落ちとしてはB級映画ね。しかも下の下もいいところだわ」
     身を低くかがめる。
     それは肉食獣のものと同じ。
     すぐにでも、相手の喉笛に己が牙をつきたてるために。
    「悪いけど、私お人形遊びは趣味じゃないの。返してもらうわよ、レナも秀人も!」
     凛が走る。
     それに応えてミーナが背中からその身に余る豪華な短剣を取り出す。
     走りざまの凛の蹴りをよけ、ミーナは伸びきった脚を切断しようと短剣を振り下ろす。
     これを持ち前の反射神経で脚を引っ込めるとすぐに第二撃を繰り出す。
     これも空振りに終わると両者一度その距離を置き対峙する。
     そして互いの呼吸を計り、同時に前に出る。
     今度はミーナからの先制攻撃。
     人形であるミーナと生身の人間である凛ではそのリーチに大きな差があるものの、代わりにミーナには俊敏な動きがある。懐にもぐりこまれたが最後、一突きで心臓をえぐられかねない。
     凛はあくまで自分が有利な距離を保とうとする。
     ミーナはそれを崩そうと短剣を振るう。
     ミーナの体が短剣を薙いだ瞬間の重みに耐えられず、一瞬よろめいたその瞬間を見逃さずに凛はミーナ頭部を蹴り飛ばす。ミーナの体は人形の見た目からは考えられない、生身の人間を蹴ったときのような重みがあった。
     しかしそれでも体格差ゆえに、ミーナは大きく吹き飛ばされ壁に激突して止まった。
     凛はこの好機を逃すまいと壁に向かって走り出す。
     しかしミーナの双眸がギラリと赤く光ると、レナの口からこの世のものとは思えない不快な音が漏れた。
    「キィィイイィィィイイイイィィィイイイィィィィイイイィィィァァヤアアァァァアアアアァァァァアアァァァァアァァァァァ――――――」
     再び、レナの体から魔力の暴走によって生まれた渦が生まれた。
     しかも今度は先ほどの渦とは桁違いの暴力を振るっている。おそらく先ほどの暴走はあくまでレナの意思によって誘発されたものであってレナの体への負担はできるだけかからないように無意識にストップがかかっていたのであろう。
     しかし今回はそのストッパーは無理やりにはずして全魔力を、それこそ命を削って放出している。
     こんなことをいつまでもさせていたらレナが絶命しかねない。
     渦の力でバランスを崩しながらも凛は全力を力を持って疾走した。部屋の中を飛び交う無数の障害物をあるものはよけ、あるものは焼き払い、あるものは電流を流してそらし、あるものは肉体強化した体を信じて耐える。
     見据えるのは赤い双眸を光らせる人形のみ。
     そしてあと残り数歩というところで横合いから大きな机がすさまじい運動エネルギーを伴って飛来する。
     そのタイミングを生かしてミーナは持っていた短剣を凛に向かって投擲する。
     絶妙のタイミングと位置。
     机と短剣、どちらがあたっても凛は行動不能となる。
     しかもどちらか一方を塞げば必ずどちらかが当たるというタイミング。
     これはまさしく必殺の一撃。
     あるいはこの瞬間に机が飛んでくるようにこの人形は計算して魔力の渦を操っていたのかもしれない。
     しかし、この人形は大事なことを忘れている。
     今目の前にいる魔術師は本来自分から肉弾戦を挑む戦いをしない人種だ。
     その後ろには強力な相棒がいる。
    「姫ええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
    「騒がしいわ、小娘」
     何の前触れもなくまるで最初からそこにいたかのように鬼姫が凛の頭上にその姿を現した。
     そして頭上に構えた両手を振り下ろすと、凛、姫、レナを除く、魔力を含めたあらゆるものが不可視の力によって地下室の地面に叩きつけられる。
     それは短剣と机も例外に含まれず、必殺の一撃は鬼姫の登場というたった一つの現象によって打ち砕かれる。
    「貴様は式神などではない」
     あらゆるものを押さえつけたまま姫は人形姫を見下して口を開いた。
    「式神とは傀儡ではなく応えるもの、まして主人を取り込むなど言語道断じゃ!」
     淀みなく、ミーナへと走り寄った凛はあごを蹴り上げてその体を自分の胸の高さまで持ち上げる。
     そして、凛はミーナの頭部を鷲?みにするとゴッと鈍い音を立てて壁に叩きつけた。
    「『機関』よりこの地の管理を任されたものとして、また古(いにしえ)よりこの地の守護を預かる鞍馬の魔術師としてお前を排除します!」
     朗々と告げた後、凛はもう一度ミーナの頭部を壁に叩きつける。
    「そして何よりも……私の大事な友人を二人も傷つけたツケはきっちり、払ってもらうわよ!」
     ミーナの頭を掴む手にはめられた黒い手袋が真っ赤に発熱し、それを超えて白く輝く。
    「燃え尽きろ!!!!」
     あまりの熱量に真っ白になる地下室。
     その爆発は姫が述べたとおり、最も美しかった。

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